レディ・ブラックバードと盟友が明かす、「ブラック・アシッド・ソウル」誕生秘話

 
クリス・シーフィールドが語るプロデュース秘話

―ここからはクリスさんに質問です。『Black Acid Soul』のサウンドはかなり個性的だと思います。どんなことを考えながらプロデュースしたのでしょうか?

クリス:彼女とは長いこと一緒に仕事をしてきたら、今回のアルバムはすごくオーガニックに出来上がったんだ。これまでに2人でたくさんのトラックを作ってきたからね。その中でも、印象的だったのが「Nobody’s Sweetheart」。あの曲のハーモニーはかなり複雑なのに、彼女は一度聴いただけですぐに「わかった。じゃあレコーディングしましょう」と言ったんだ。あの曲をあんなに素早く理解できるなんてすごいよ。

さっきも話が出たけど、彼女はトレーニングを受けてきたわけじゃない。でも、自分の耳で音楽を聴き、それを吸収して、歌い返すことができる。そんな自然な音楽性をもっているんだ。ビリー・ホリデイだって、音楽を勉強したわけじゃなかった。彼女たちは天性のジャズ・ミュージシャン、生まれながらに高い音楽IQを持ったミュージシャンなんだ。彼女が「Nobody’s Sweetheart」を歌った時、それを本当に実感したよ。



―なるほど。

クリス:ポップスのレコーディングって、普通はセクションごとに録音していくんだけど、「Nobody’s Sweetheart」はギターと声だけのデモをまず作った。そのデモは完璧にプロデュースされたものとは程遠いけど、彼女の声を聴いた人たちは、とてもエモーショナルになっているようだった。その反応を見て、「これこそ僕たちがやるべきことだ」と思ったんだよ。彼女がいかに天才的なシンガーであるかに焦点を当てることができるサウンドを作るべきだとね。そして、もしリスナーが彼女の声を気に入れば、そこから彼女の声のファンが出来て、その声を軸に、サウンドのジャンルを色々変えて楽しむこともできる。

長い回答になってしまったね(笑)。でも、彼女の声についてもう一つ。彼女は彼女歌うことを止めても、息がずっと続いているんだ。言葉が聴こえなくなっても、息の音がずっと続いている。その音が、リスナーをどこかに連れて行ってくれるんだ。


クリス・シーフィールド(Photo by Kenju Uyama)

―そんな彼女の特徴を活かすために、ドラムが入っていない空間的なサウンドや、ミックスなどでの音作りにこだわったのかなと思いますが、それについてはどうですか?

クリス:その通り。LAにあるサンセット・サウンドでレコーディングしたんだけど、そこはプリンスの部屋で、彼が多くの作業をしていた場所なんだ。少し専門的な話になるけど、そこにはリヴァーブ・チェンバーというものが2つある。それを使って、アンビエントでより奥行きを感じられるサウンドを作ることができるんだ。そして、彼女のボーカルは全てライブ録音されている。コンピングもチューニングも一切なし。そのスタジオのスタッフは、普段は5テイクくらい録音するのが普通だったから、彼女がボーカルをワンテイクで録音したのを見て、「こんなの初めてだ」と言っていた。彼女が歌うテイクは、いつも信じられないような出来栄えなんだ。だからこそ、リアルな演奏の感動が味わえる。彼女のステージを観たよね? 彼女はあれをそのままレコーディングで実行できるんだ。あの声は神から授かった贈り物だね。

―アルバムには興味深いカバー曲も収録されていましたが、選曲に関してはどうやって決めたんですか?

クリス:彼女がつながりを感じられる曲ならなんでもよかった。だから、自分たちが書いたものも含めて、たくさんのトラックからそういう曲を選んだんだ。そして、その選曲のプロセスの中で、選んでいくうちに曲の歌詞に共通点が見え始め、そこからストーリーが生まれだした。おそらく彼女は、ハートブレイクのラブソングに対する強い衝動に駆られていて、それが自然とある種のテーマになったんだ。このアルバムは、恋愛や人生における失恋を歌っている。一番大切なのは、彼女がその歌を人々に届けられるかどうか。だから、僕がいいなと思っても彼女がノーといえばその曲はボツ(笑)。最終的には、彼女がその曲を届けられるかどうか。それに従うだけだね。



―個人的には、ビル・エヴァンスの「Peace Piece」に歌詞を付けた「Fix It」が特に印象的でした。これは誰のアイディアだったんですか?

クリス:ビル・エヴァンスは多くのカタログであの曲を演奏している。マイルス・デイヴィスとの「Flamenco Sketches」や、トニー・ベネットとの「Some Other Time」の前に演奏したり、自分の別のアルバムでも使っていたりする。彼はきっと、曲のムードを盛り上げるためにそれをやっていたと思うんだ。ちょっとした瞑想のような役割を果たしているというか。

そこで、自分たちも2つのコードを使って曲を作ることにしたんだ。『Black Acid Soul』では最晩年のマイルス・デイヴィスとも共演した(『Doo Bop』『Live Around the World』に参加)、ダレン・ジョンソンがピアノを弾いている。ビル・エヴァンスはマイルスの『Kind of Blue』でも一緒に演奏していたから、ビルについてダレンに話したら、「Peace Piece」の楽譜を調べて、あの2つのコードを同じように演奏してくれたんだ。それで、「これは共同作曲だよね」という話になり、ビルの遺族に「この曲を発表したいんだけど」と相談したんだ。彼らはすごく寛大で許可してくれた。本当に光栄だったよ。

あとこの曲では、彼女ができるだけゆっくり歌えることを意識した。LBの曲は歌うのが難しいんだ。エネルギーを使いすぎてガス欠にならないように、彼女には十分にリラックスしてもらう必要がある。スローな曲や、バラードを演奏するのは本当に難しい。だから、セッションの中でも後ろの方であの曲を録音することにした。そうすることで、彼女やバンド全体が、瞑想的なグルーヴに浸れる状況を作ることができたんだよ。

Translated by Miho Haraguchi

 
 
 
 

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