連続殺人事件をコンテンツ化する人々、絶滅したはずの陰謀論がTikTokで再燃 米

シリアルキラーを題材にした数々の番組や映画では、おなじみの展開だ。犯人逮捕や有罪判決の前には、自分の説を信じてもらおうと躍起になる人物がいるのが一般的だ。もともとは起業カルチャーが専門だったワクスの動画に、数百万の閲覧回数や数千のコメントがつくようになったのもおそらくそうした理由からだろう。だが、ワクスの説がこれほど注目を浴びたのには他にも理由がある。前例があったのだ。

1997年、フォーダム大学の学生だったパトリック・マクニールさんは、夜遊びした後マンハッタンのバーを出て、大学寮に戻るところだった。生前のマクニールさん(当時21歳)が目撃されたのはそれが最後だった。1カ月にわたって徹底的に捜索を行った末、警察は65番通りの桟橋付近でイーストリバーに浮かんでいるマクニールさんの遺体を発見した。検視報告書によれば怪しい点は一切なく、マクニールさんは酔った勢いで川に落ちたと見られ、事故死と断定された。事件を担当した捜査官の1人、ニューヨーク警察のケヴィン・ギャノン刑事は違う意見だった。現在はすでに引退しているギャノン氏は、マクニールさん――および全米で溺死した数百人の男性――が当局のいうように事故死ではなく、ギャングまがいの秘密殺人集団の仕業だと証明するべく、この20年間全人生を捧げている。

ニューヨーク警察の元刑事アンソニー・デュアルテ氏、刑事司法を専門とするリー・ギルバートソン教授と同様、ギャノン氏もいわゆる「スマイリーフェイス・キラー」を声高に主張するメンバーの1人だ。この陰謀論のもとになっているのは、現場付近で目撃されているスマイリーフェイスのグラフィティが全米で発生した数百件の不慮の溺死をつなぐ糸口だ、という考えだ。まず2008年にFBIが、次いで数十人の犯罪学の専門家、その後ミネアポリスの殺人調査センターの詳細な論文が何度となくこの説を一蹴してきたが、それでもギャノン氏や仲間たちが捜査を止めることはなく、2014年には本も出版された。ごく最近では、Oxgenで6話シリーズのドキュメンタリー『Smiley Face Killers: The Hunt for Justice』も公開されている。

弊誌の取材要請やコメント要請にギャノン氏からの返答はなかった。だが2019年のインタビューでは、絶対に自説を証明して犠牲者に正義を果たすつもりだと語っている。「誰が、なぜこんなことをしているのかを我々が解明すれば、(FBIも)関与するしかなくなるだろう」と本人。「黒幕を裁きの場に連れ出すために、我々は手を打たなければならない。断言しよう、それが実現するまで我々は決してあきらめない」。どうやら同氏はその約束を果たしたようだ。4月26日に投稿したTikTok動画で、ワクスはギャノン氏と「チームを組み」、データを共有しながら共同捜査にあたっていると語っている。キャプションには、「スマイリーフェイス・ギャングの捜査は誰でも参加自由なので、僕のチームも正式に彼のチームに加わった」と書かれている。「一緒に捜査してきた(僕たち)みんな(チームと情報提供者)がいれば、最終的に犯人を裁きにかけて遺族に答えを提示できるだろう。みんなもチームに加わって、一緒に捜査しよう」。

人々が実録犯罪に興味を持つケースは珍しくない――ソーシャルメディアではリアルタイムで人々の目にさらされている(ギャビー・ペティートさん失踪事件しかり、アイダホ州の殺人事件しかり)。インターネットでの関心が事件解決の手立てになる、という賛成派の意見もあるものの、連続殺人犯を求める渇望があまりにも強いと害になる場合もある。カリフォルニア州立フラートン大学のアダム・ゴラブ教授によれば、市民探偵――時には誤情報も多い――がものすごい勢いで広まっていることから、TikTokは昔の陰謀論やすでに偽情報だと確定された陰謀論が再燃するきっかけになるのはほぼ間違いない。

「ある種の連続殺人事件に対する新たな恐怖や関心が持ち上がると、TikTokで毎日のように自説を展開する人々が出てくるのは当然です」とゴラブ教授。「これは逃れられない問題ですが、市民探偵や私立探偵となると話はややこしくなります。かたや未解決事件の再捜査につながり、冤罪に問われた人々の無罪を証明する可能性もあります。ですが倫理を問う監視や規制はほとんど皆無で、憶測が横行しやすくなり、無駄に期待を持たせたり金儲けに利用するといったことも起きます」。

Akiko Kato

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE