ジャック・リーが語るネイザン・イーストとの共演、韓国出身ジャズ・ギタリストの数奇な人生

ジャック・リー&ネイザン・イースト

 
ベーシストのネイザン・イースト(Nathan East)と初めてコラボしたアルバム『Heart And Soul』のリリースに先駆けて、パット・メセニーも激賞する韓国出身のギタリスト、ジャック・リー(Jack Lee)がプロモーションのため日本を訪れた。ネイザンの息子、ノア・イーストのハモンドB3オルガンをフィーチャーした本作はゴスペル・フィーリングが濃厚。コロナ禍を挟んだ心境の変化が、ふたりをこうしたスピリチュアルなアルバムに向かわせたという。

1966年にソウルで生まれ、80年代初頭まで韓国で育ったジャックは17歳のときに渡米。コロムビア大学でコンピューター・サイエンスを学びながら、学内のFM局でジャズ番組のディスクジョッキーを担当していた、という経歴の持ち主だ。ギタリストとしては90年代から頭角を現し、その後トニーニョ・オルタやボブ・ジェームスとの共演を通してワールドワイドでの名声を獲得。中でもネイザン・イーストとは交流が深く、彼のソロ作『Reverence』(2017年)の日本盤に自作曲を提供、客演もしていた。

ネイザンとのコラボ作が実現した背景と、興味深いプロフィールについて、ジャックにじっくり語ってもらった。


─2019年の前作『La Habana』は旅のアルバムという印象でしたが、新作『Heart And Soul』ではガラッと変わって、聖歌やゴスペル、信仰をテーマにした曲が多く収められましたね。このアルバムはどのようにして始まったのですか?

ジャック:『La Habana』はL.A.に住んでいたときにキューバに行って、そこからインスピレーションを得てああいうロマンティックなアルバムができた。今回は……この3年ぐらいの間に世界がいろんな意味で凄く変わったよね。僕が韓国でいつも行っている教会で、僕の友人──彼は僕の音楽のファンでもあるんだけど、その人からこういうスピリチュアルな面を出したインストゥルメンタル・アルバムを作ったらどうだ、と言われてね。僕もこの3年ぐらいで信仰心が深まったというか、神に対する想いが深まった点があったので、ネイザンに話してこのアルバムを作ることにしたんだ。

─コロナ禍で長いステイホーム期間をあなたも経験したと思います。その間に感じたことや考えたことが、新作に反映されたところはありますか?

ジャック:やっぱり1年目の2020年は、誰にとってもそうだったと思うけどつらい1年だったね。外に出られず、人々とも触れ合えなくなってしまって。2021年もライブができないっていう意味ではさらにひどい年だったけど、それと同時にひとりで自分自身を見つめ直す時間が持てたのは有意義なことだった。それによってソウル・サーチング的なことができたし、そういう時間を経て成熟できたアーティストは多かったんじゃないかな。もちろんギターの練習も欠かさなかったし、家族との時間を持つこともできて、意義のある過ごし方ができたよ。



─選曲は先行シングルになったスティーヴィー・ワンダーの「Have A Talk With God」から、サイモン&ガーファンクルの「Bridge Over Troubled Water」、バッハやフォーレまでと幅広いですね。どのように曲を選んでいったのでしょう?

ジャック:ただスピリチュアルで宗教的なだけのアルバムにはしたくなかったし、あらゆるジャンルを網羅したいと思ったので、ポップスからクラシック、ジャズ、賛美歌、ゴスペル、ソウルまで、メロディを中心に考えて2カ月ぐらいである程度リストをまとめた。その後ネイザンと相談して、やる曲を決めていったんだ。

─アルバムのゴスペル的な側面を支えているのが、ネイザンの息子、ノア・イーストのハモンドB3オルガンだと思います。

ジャック:ノアは天才だよ。耳がいいというか……彼には譜面が必要ない。もちろんアレンジはしたけれど、ノアは絶対音感の持ち主で、素晴らしいギフトを授かったね。言わなくてもわかるっていう意味では真のジャズ・スピリットを持ったプレイヤーだと思う。彼はインプロバイザーとしても優秀だけど、それは他のミュージシャンの演奏をちゃんと聴く方法を知っているからさ。

─アルバムには他にもジョン・ビーズリー、スティーヴ・フェローン、平原綾香など、個性的なミュージシャンが参加しています。レコーディング中に起きたマジカルな出来事、瞬間があったら教えてください。

ジャック:たくさんマジカルな出来事があったけれど、そのひとつは12曲を2日間で録り終えたという奇跡的な速さかな。これはお互い言葉で説明しなくてもわかり合える関係があってこそ、だった。もうひとつは、ちょうどグラミー賞のノミネーション・ウィークにレコーディングしていたら、ジョン・ビーズリーがノミネートされたこと(マグヌス・リングレン、ジョン・ビーズリー、SWRビッグ・バンドのアルバム『Bird Lives』に収録されている「Scrapple From The Apple」が最優秀インストゥルメンタル編曲賞を受賞した)。「きっと神の音楽をやっていたおかげだ」と冗談で言っていたよ(笑)。

綾香が参加してくれたのもマジカルな出来事のひとつだね。最初に音を送った段階では彼女からどういうものが返ってくるか予想できなかったけど、2〜3週間後に歌を入れて戻してくれたトラックを聴くと、バッチリだった。期待以上の歌唱だった上に、彼女はそこにパーソナルなタッチも加えてくれた。実に見事だったね。



─「Bridge Over Troubled Water」の、一旦ブレイクしてからのギターソロもマジカルでしたよ。

ジャック:あれは僕のジャズ・サイドが表れたものだね。アレンジを聴けばわかる通り、ウェス・モンゴメリーへのオマージュでもあるんだ。

─韓国ではキリスト教が盛んですし、母国でもアメリカでも聖歌やゴスペルに触れる機会が多かったのでは、と想像します。あなた自身にとってそういった音楽は、ルーツのひとつと言えるもの?

ジャック:いや、ルーツとまでは言えないかな。キリスト教に本当に深く触れるようになったのはこの10年ぐらいだから。韓国でもニューヨークでもキリスト教的なものに触れる機会はたくさんあったけれど、当時はそこまで深い信仰心を持っていなかった。ネイサンとノアは違う。彼らは僕よりもずっと前から熱心なクリスチャンだった。ネイサンのお兄さんは教会の聖職者なんだ。

結局は自分と神との関係だと思う。教会に行く、行かないとか、そういうことではなくてね。このアルバムも、皆さんに「あなたの神を見つけなさい」と言いたいわけではなくて、「そういうこともあるんだよ」と示したい、という意図で作ったんだ。

Translated by Kyoko Maruyama

 
 
 
 

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