サンファが語る新たな傑作の背景 抽象的なサウンドに込められた「過去と未来のサイクル」

 
空の青さと反復するピアノ

―最新アルバムの歌詞には「鳥」や「飛ぶ」ことに関する言葉がたくさん散りばめられています。その言葉たちにはどんな意図が込められているのでしょうか。

サンファ:アルバム制作中、僕は「記憶」や「思い出」(memory)についてよく考えていた。それがいかにあやふやで、抽象的なものであるかということについて、だね。僕は、現実世界を題材にして作曲していたんだけれど、それは抽象化されていくものなんだ。音響的に抽象的になったり、夢のようなテクスチャーになったりしていく。

昔、兄に『かもめのジョナサン』という本を読んでもらった思い出があるんだけど、僕は当時、その本の内容をあまり理解していなかった。アルバムの楽曲を歌っている時も、実際のところ、まだよく理解できていなかったんだ。でも、スピリチュアリティや、(鳥のように高い所から見下ろして)俯瞰すること(bird’s eye-view)について考えていた時に、自分はもっと高いところに行って、周りを見渡して、自分の立ち位置を確認する必要があると思った。なぜなら僕は、夢遊病者のように、崖っぷちに向かって歩いていたところがあって、自分を軌道修正してくれる何かを必要としていたから。それが「鳥」の鳥瞰図の意味だった。

「飛ぶ」ことに関しては、その感覚が面白いと思った。「飛ぶ」って手放している状態、運ばれている状態に近いと思うんだ。僕は、課題と向き合うのを恐れる傾向がある。本当は、信じる気持ちを持って、課題と向き合う方が、もしかしたら、その先には、もっと明確なものが見えてくるかもしれない。それが分かっていても、まだできてない自分がいるんだ。これらの言葉には、そういう意図的な部分もあるよ。でも正直なところ、ただ「飛ぶ」というイメージがなんとなく好きだから、曲で何度も歌ってしまったというところもある(笑)。かもめのジョナサンは、飛ぶことを極めたいと思っていた鳥で、飛ぶという実用的な行為よりも、飛ぶという体験の喜びを極めたいと思っていた。音楽もそれに共通するところがあると思うんだ。人生には他にも大切な要素がたくさんあるから、僕は音楽が全てだとは思っていないけどね。

―今、言ったような、「鳥」や「飛ぶ」ことのイメージを表現するために、どんなサウンドを施したのかを聞かせてもらえますか?

サンファ:(先行シングルの)「Spirit 2.0」は、メインとなるコードとモジュラー・シンセサイザーのパートを最初に書いた。その時、窓の外を見ると、空は真っ青に澄み切っていたんだ。そして公園に行って、芝生に座り、空を見上げていた。その時のエアリーな感じを再現したいと思ったんだ。

あとは何というか……上手く説明できないな(笑)。自分が浮いているような、浮遊感のある音を作りたいと思ったんだよ、ハハッ! 自分が作っていく音楽から感じる感覚を頼りにしたんだ。レガート(なめらか)に弾いた長いコードや、ボーカルの入れ方……それから青い色。僕は音楽を作るときに色が見えると言うか、共感覚がある訳ではないんだけど、印象として「あ、この音楽は青っぽいな」と思ったりする。今回の場合は、青という印象があって、そこから空を連想したんだ。


「Spirit 2.0」にはイェジとリサ=カインデ・ディアス(イベイー)がボーカルで参加、ユセフ・デイズ、オーウェン・パレット、エル・グインチョ(ロザリア、FKAツイッグス、ビョークなどのプロデューサー)が貢献している

―アルバム冒頭の3曲「Stereo Colour Cloud (Shaman’s Dream)」「Spirit 2.0」「Dancing Circles」に象徴的ですが、1曲の中でも曲が進むにつれ、どんどん予想もつかない展開をしていきます。このアルバムにおける作曲と編曲のプロセスを聞かせてもらえますか?

サンファ:作曲の仕方には色々あって、自分一人で曲を書き始める時もある。今回はピアノを使うことが比較的少なかったね。ピアノの音はたくさん使われているけれど、ピアノで書き始めた曲は少なかった。「Spirit 2.0」のようにシンセサイザーをいじって書き始めた曲もあるし、ドラムビートを思いついて、それをプログラミングするのではなく、ドラマーを呼んで、自分のアイデアを形にしてもらうことで作られた曲もある。制作の初期段階では、ミュージシャンを呼んでジャム・セッションを行なっていたんだ。でも、パンデミックになり、それは中断されてしまった。コロナ後になってからようやくセッションを再開できたんだ。

特に面白かったのは、実際にアコースティック・ドラムを演奏するドラム・マシーンの機材を作ったことだね。機器は会社から購入したんだけど、最初は自分で作ろうともしたんだ。でも、僕の設計技術と溶接技術が不十分でね……(笑)。ただ、そのプロセスはなかなか面白かった。

あとはヤマハのディスクラビアという、MIDIコントローラーを使って演奏するピアノも使った。自分がパソコンで作った音をループとして、アコースティックな領域に入れることができるんだ。そうすることで、メトロノームのようでありつつ、アコースティックな不思議な感覚を生み出すことができる。これは、別に僕が思い付いたことじゃないよ。エイフェックス・ツイン(『Computer Controlled Acoustic Instruments pt2 EP』)やパット・メセニー(『The Orchestrion Project』)が長年やってきたことなんだけど、僕は今回のアルバムでは、非人間的な、非常に精確なアコースティック楽器を入れるという考えが面白いと思った。(「Spirit 2.0」に収録された)ジャングルのビートも同じようなアイデアからきている。機械的なドラム音に合わせて、ドラマーが生ドラムを叩いているんだ。そうやって音楽を作ることが、僕にとっては楽しく、面白いことだった。人間がMIDIベースの生楽器と戯れている感じがして。





―「Inclination Compass (Tenderness)」では全く異なる音色とフレーズのピアノが並行して奏でられています。さらに、様々な質感の異なる音がアブストラクトに鳴っていて、それらが立体的に配置されています。このアルバムはかなりエクスペリメンタルな作品でもありますよね。

サンファ:さっき話したMIDIベースのアコースティック楽器を使うのは僕にとって新しい試みだった。前作『Process』でも協力してくれたエンジニアのリッキー・ダミアンとも良い関係を築くことができて、今回のアルバム制作でもさらにお互いを知ることができた。彼はマイクの設置方法に詳しい人で、僕たちが求めるサウンドを出すにはどこにマイクを置けばいいのかを知っていた。僕もそれにすごく興味を持ったよ。ある空間で、自分が理想とするサウンドを捉えることができた時の満足感は最高だった。テクスチャーに関しては、特殊なリヴァーブを使ったり、様々な機材やエフェクトを使って、印象派のようなテクスチャーを生み出そうとしたんだ。そういうテクスチャーを大事にしていたから、外付けのリヴァーブやコンプレッサー、マイクなどを使って、曲どうしに一体感を出すようにすることも心がけた。



―編曲も興味深いです。多くの曲が前後の曲と繋がっていて、アルバム全体がまるで大きな一つの組曲(Suite)のようにも感じられます。このアルバムでの各曲のアレンジと、前後の曲との繋がりについて聞かせてください。

サンファ:今回の曲には色々なサウンドやアイデアが散りばめられていたから、トラックリストを決めるのは大変だったよ。曲どうしに繋がりを持たせるために、違う曲に同じ言葉(歌詞)を使ったりした。「Jonathan L Seagull」という曲があるんだけど、「Spirit 2.0」では「Jonathan L Seagull」という歌詞を歌っている。「Inclination Compass」という曲があるけれど、「Inclination Compass」という歌詞を「Rose Tint」という曲で歌っている。また、全体を通して、「時間」というテーマが繰り返し登場する。曲を書いている途中に、似たようなテーマやイメージが浮かんできたんだ。

トラックリストを決める際にイメージしたのは、アルバムにはアップダウンの旅路があって、混沌としている場面があり、自省的な落ち着きがあり、また混沌とした場面になるという感じ。最終的に、自分の気づきとしてあったのは、僕は繋がりというものを必要としているけれど、必ずしも繋がりや関係性を築いていくのが上手ではないということ。自分を振り返ったうえでの気づきがアルバムを通して表現されていると思う。自分自身や、家族・親族との繋がりを再び感じられるようになったということ。ごめん、今の話が理解されるかどうか分からないけど(笑)。ハッハッハッ!

―いえいえ、なんとなくわかる気がします。あと、 「Suspended」でのピアノに象徴的ですが、アルバムの随所でミニマルなフレーズやパターンを使っていると思います。これはどんな狙いが?

サンファ:そうだね。僕は反復的なものが好きだし、コンスタントにある要素を基盤に、作り上げていく過程が好きなんだ。コドウォ・エシュンの『More Brilliant Than The Sun』という本で彼は、「音楽によっては、それを遡れば遡れるほど、未来的に聴こえてくるものがある」と述べている。例えば、アフリカ音楽は直線的(linear)な方向に進むのではなく、建築物のように、上に伸びていくんだ。複雑なリズムが土台としてあって、人々はそれを変えていくのではなく、その上に新たな要素を積み上げていく。そういった、反復の上に積み上げて、シンコペーションを生み出していくという考え方が好きなんだ。アフリカの料理みたいなものだよ。すべての材料を一つの鍋に入れて、それだけでちゃんとした料理が出来上がる。

それに、(反復という)何か、自分がしがみついていられるものがあると、僕としては安心できるんだ。僕はアルバムの中で「時間」について何度も触れているけれど、そういった一定のリズムは、「常に時が刻々と刻まれている」という状態の音響的な表現なのかもしれないね。でも、さっきも話したけど、これらの多くは、そこまで考え抜かれて作られたものではないんだ。僕が音楽を作ると、こういうものに自然と傾倒していくんだよね。


Translated by Emi Aoki

 
 
 
 

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