フライング・ロータスの革命を支えた「陰のキーマン」ミゲル・アットウッド・ファーガソンの音楽観

Photo by Hannah Arista

 
ここ15年、LAの優れた音楽を追っているリスナーで、ミゲル・アットウッド・ファーガソン(Miguel Atwood-Ferguson)の名前を知らない人はいないだろう。フライング・ロータスの作品すべてに彼の名前がクレジットされているし、2008年のBrainfeeder設立以来、サンダーキャット、ハイエイタス・カイヨーテ、カマシ・ワシントンなど関連アーティストの重要作にも多数携わってきた。

ほかにも、ドミ&JD・ベック『Not Tight』、モーゼス・サムニー『Aromanticism』、アンダーソン・パーク『Ventura』、マカヤ・マクレイヴン『Universal Beings』など参加作は枚挙にいとまがない。とりわけ有名なのが、盟友カルロス・ニーニョとの連名で、J・ディラの母親マ・デュークに捧げた『Suite For Ma Dukes』(2009年)だろうか。J・ディラの名曲を大編成のオーケストレーションで彩ったこのコンサートは、いまや伝説になっている。さらにはレイ・チャールズ、スティーヴィー・ワンダー、ドクター・ドレーやラナ・デル・レイを筆頭に、ジャンル不問で数えきれないほどのレコーディングに貢献してきたミゲルは、LAシーンにおける最重要人物のひとりと言えるだろう。



そんな彼が、自身の名前を冠したデビューアルバム『Les Jardins Mystiques Vol.1』をBrainfeederから発表した。そのボリュームはCD3枚組で全52曲。カマシ・ワシントン『The Epic』並みの壮大さで、多種多様かつハイブリッドな音楽が詰まっている。しかも、これが三部作の第一弾であり、合計の収録時間は10時間半に及ぶという。他に類を見ないスケールのアルバムだ。

目を惹くのはゲスト陣の顔ぶれだろう。サンダーキャット、カマシ、ドミ&JD・ベック、カルロス・ニーニョ、ジェフ・パーカー、ジャマイア・ウィリアムス、アンブローズ・アキンムシーレ、マーカス・ギルモア、ゲイブ・ノエルといった、ミゲルを慕う現代のトップミュージシャンがずらりと参加。さらに、上原ひろみの最新作『Sonicwonderland』にも参加しているジーン・コイ、LAアルメニア人コミュニティのアルティョム・マヌキアンとヴァルダン・オヴセピアン、マイルス・デイヴィスの『Bitches Brew』にも参加している大ベテランのベニー・モウピン、Brainfeederがジャズに傾倒するきっかけを作った故オースティン・ペラルタまで、実に膨大な名前が並んでいる。

ここでは、アルバムの背景にあるミゲルの音楽観や哲学、宗教観などについて話を聞いた。彼の話を聞きながら、LAシーンの最先端でスピリチュアルなサウンドが巧みに取り入れられてきた理由が掴めたような気がする。


ミゲル・アットウッド・ファーガソンの重要ワークをまとめたプレイリスト


―2014年にインタビューしたときにも、「Brainfeederからアルバムを出す予定がある」という話をしていました。そこからかなり長い時間がかかりましたね。

ミゲル:音楽は僕のすべてなんだ。だから焦らずに、でも長い期間ずっとこのアルバムを作り続けてきた。とある場所でレコーディングセッションをして、数カ月後に他のレコーディングセッションをして……という感じでね。さっきも言ったように、音楽は僕のすべてであり、同時に僕の活動主義の表われでもある。社会に不満を持つ人の中には、デモに参加する人もいるよね。それは素晴らしいことだけど、僕の場合はそれが音楽を創るということなんだ。僕の音楽は、僕自身の精神論を包括したものだから。そこには僕のヴァイブレーションが息づいていて、それこそが僕の意思そのものなんだ。

それに、これは僕の1stアルバムだから、とても大切な意味を持っている。「これがミゲルだ!」って言えるものにしたかった。というのも、自分が少し誤解されている気がするんだ。「ああ、ミゲルって『Suite for Ma Dukes』の人か」「J・ディラの人か」「フライング・ロータスのストリングスを手掛けた人か」って思われがちなんだよね。それらは僕のごく一部でしかない。このアルバムは完璧ではないけれど、少なくとも僕がどういう人物なのかを的確に近い形で表現していると思う。

―たしかに。

ミゲル:5つか6つの違った方向性やジャンル、とても長い曲も短い曲もある。クラシックからジャズ、エレクトロニックまで……これが僕なんだ。500時間に及ぶ音楽をレコーディングするのに、すごく長い時間が掛かってしまったよ。僕はこのやり方を、クインシー・ジョーンズとマイケル・ジャクソンから学んだ。クインシーが、マイケル・ジャクソンと『Off the Wall』を作るために、823もの曲を書いたと言っていたのを読んだ。だから、僕もそうすべきだと思ったんだよね。500時間に及ぶレコーディングから、この曲を今回のアルバムに入れよう、この曲はもう少しこうして……というふうに。このアルバムを作ることは、僕自身の言葉で……脆くても、できるだけ正真正銘の僕自身を表現する最大のチャンスだったんだ。

―「Persinette」はドミ&JD・ベックが参加しているので比較的新しい録音だと思います。「Eudaimonia」はオースティン・ペラルタが演奏しているので、少なくとも彼が亡くなる2012年11月より前に作られたはずです。それだけ長い期間、どのようなやり方で制作を続けていたんですか?

ミゲル:オースティンは僕の親友だったんだ。たまたまなんだけど、僕はいま休暇中で、母が暮らしている丘の上に滞在しているんだよね。そこはWi-Fi環境がよくないから、丘のふもとまで降りてきて車の中で話しているんだけど、最後にオースティンと話をしたのが今いる場所だったんだ。彼が電話を掛けてきて、彼がレジデントとして出演するライブがあるから、僕の弦楽カルテットにオープニングアクトをやってくれないかって。すごく嬉しかったね。でも、その8時間後に、彼が他界したことを聞いたんだ。

とにかく、「Eudaimonia」はいちばん最初にセッションしてデモを作った曲だよ。2011年3月20日のことだった。KPFK(カルロス・ニーニョが働いていたLAのラジオ局。ミュージシャンどうしが出会い、現在のLAのシーンが育まれるきっかけになったと言われる)というスペシャルなラジオ局で、彼と僕だけでね。ピアノは僕が尊敬するモーリス・ラヴェルと同じスタイルで演奏してもらったんだ。あのラジオ局はとても良いヴァイブスと空気感を持っていて、親友であるオースティンと一緒だし、これまでのレコーディングセッションの中でいちばん楽しかった。オースティンは天才中の天才だけど、僕と経歴が似ていた。クラシックから始めて、ジャズに進んだところとかね。彼とは6曲をレコーディングしたから、次の『Vol.2』にも2曲収録することになっている。手順はとてもシンプルで、僕が曲を作って来て、一緒にプレイしたんだ。彼はとてもアップリフティングな人で、僕の良さを5千万倍に増幅してくれる存在なんだ。才能のある人ってそうじゃない? その人の持つ良さを色々な方向から最大限に引き出してくれる。オースティンは若くして、そういうことに長けた人物だったんだ。



オースティン・ペラルタの傑作『Endless Planets』が来年2月にデラックス・エディションで再発/初LP化、未発表のセッション音源4曲が追加収録

―では、ドミ&JD・ベックとの曲はどうですか?

ミゲル:このアルバムではオーバーダビングを繰り返し採用した曲も多いんだけど……ドミ&JD・ベックと一緒にやった曲は2018年の録音だね。友人のサンダーキャットと一緒にツアーを廻っていた時に、ボストンで出会ったんだ。その時、僕は自分がMIDIで作曲した曲を持ってきていた。シンセサイザー感のある、コンピュータで作ったオタクっぽいバージョンだったね。それをドミ&JD・ベックに渡して、何か足してほしいとお願いしたんだ。彼らのクリエイティビティを損なわない程度の制約を決めてね。その曲を多重録音して、時にはそのうえに多重録音して重ねていった。僕はその人の持ち味でないことを求めるのは嫌なんだ。だから、とにかく要求は最小限にして、自分らしくあってほしいという思いで作曲している。


Translated by Tomomi Hasegawa

 
 
 
 

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