26人の児童を乗せたスクールバスが失踪、「チャウチラ誘拐事件」に迫る 米

3人の犯行グループの捜索はほどなく終了した。『チャウチラ』の前半で視聴者は(おそらく事件について初めて知る人がほとんどだろう)、「誰がいったい、なぜこんなことを?」と問い続ける。だが答えは予想外だ。首謀者のフレデリック・ウッズは裕福な若者で、家族はMagic Mountainという遊園地のオーナーだった。バカな男は自由に使える金欲しさに、500万ドルの身代金を要求すれば望みが叶うと思ったのだ。犯人らは映画『ダーティ・ハリー』から着想を得たと思われる(映画のクライマックスでは、いかれた男がスクールバスを乗っ取って採石場に誘導する)。必然的に3人は刑務所に送られたが、仮釈放が認められたため、生還した被害者が犯人を再び塀の中に戻そうとするもう1つのストーリーが展開する。

ポール・ソレット監督はアーカイブ映像、とりわけ事件を報道した当時のTVニュースを巧みに使い、時代感や空気感、子どもたちを乗せたスクールバスが忽然と行方をくらました当初の困惑や、生還後の晴れやかな歓喜を見事にとらえた。また迫真に迫る再現ドラマも盛り込んでいる。子役のセリフは一切ないが、その必要はない――表情がすべてを物語っている。ドキュメンタリーの中に登場するインタビューも衝撃的だ。ラリー・パークさんは事件当時やその後の出来事を回想しながら、あたかも追体験しているかのように、うつむいて身を縮こませる。一言でいえば、これがトラウマだ。最終的にパークさんは、自らの魂と精神を救済すべく牧師になった。本人の言葉を借りれば「僕は犯人を許すことができないので、神に許してもらいます」 とはいえ、最後にはパークさんも赦しを与える。

繊細かつ確固たるドキュメンタリー手法で制作された『Chowchilla』には、派手さやニュース性や話題性はまったくない。その後の人生を形成する事件に見舞われた子どもたちにとって、この作品はひとつの節目であり、また辛く奇妙な時期をまざまざと思い出させるタイムカプセルだ。

Akiko Kato

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