聴いている人の身近にあるアルバム、Mr.Children21枚目のアルバムに迫る

Party is over / Mr.Children

個人的な曲が並んでいますね。もうほとんど1人で歌っている、そんな曲ですね。どんなPartyなのかということだけでも、この曲の解釈がいろいろ出てきたりするんじゃないでしょうか。“泣いている人の前でシャンパンを開けてはしゃぐような君じゃないだろう”、でも僕らの毎日と言いますか、世界中と言いますか。泣いている人の前でシャンパン開けてはしゃいでいますからね。そういうPartyも終わったんだよと言っているわけですけど、おっさんの青春美談の続き。もう青春は終わったんだよというふうにもとれますし、“未練なんてないというふうに言い切ってしまえるか”。この“言い切ってしまえる“か”というのがMr.Childrenのリアリティだと思うんです。前を向いて歩こうと思っても、どこへ向かって歩けばいいんだろうと頭を悩ませたり、歌詞の中の言葉を使えば立ち尽くしたりもしているわけで。逡巡している気持ち、答えのない堂々巡りというのがこんなに素直に歌われているアルバムはあまり思い浮かびません。もうPartyは終わったということは分かってる。でも、ここからどこへ行けばいいのっていうことを本当に素直に歌っている。このアルバムは本人たちには説明できないでしょう。こういうふうに思ったんだからしょうがないじゃないですか。でも、いつもの僕に帰ろうとも歌っているわけですね。でもなかなか帰れないのが今の世の中であり、そういう人生なんだと思います。

We have no time / Mr.Children

サックスは山本拓夫さんですね。桑田さん、サザン、bank band、そしてもともとは渡辺美里さん、もう今のホーンプレイヤーの中ではピカイチの一人でしょうね。バンドをサポートしているというよりもソロのミュージシャンとして桜井さんとバトルセッションしているようにも思えました。さっきの「Party is over」が逡巡しているしている気持ちを歌った「静」な1曲だとしたら、これは「動」の曲になるんじゃないでしょうか。僕らには時間がない。これも分かりやすいなと思いました。キャリア30年、全員50代正直なアルバムだなとあらためて思います。

時間ということで言うと、Mr.Childrenは2022年4月から6月までドームスタジアムツアー「半世紀へのエントランス」を行いました。素晴らしいツアーでしたね。非の打ち所がないロックコンサートというのは初めてとは言いませんけども、近年にない完成度だったなと思いました。30周年を半世紀への入り口としている。30周年ツアーなんだけれども、その後20年間も踏まえた先のことも考えながら、次に行くための一歩なんだというツアー。その後に作られたのが今回のアルバムですね。ですから全体に流れている静寂感、時間とか都会の喧騒、コンサート会場の熱気とか、そういうものとは切り離されている印象があるのはそのときのツアーを終えた後のバンドの心象風景なんでしょう。

そういう中でライブを意識しないで作ったアルバムだと思える。つまり、ここでみんなでコーラスをするだろうなとか、合唱が起きるだろうなとか、レスポンスが生まれるだとか、みんな立ち上がって手を届いて踊るなとか、そういう盛り上がり方が想定されていない。アルバム1枚の中にこれまでとこれからを思う自分たちの心の揺れ。何を失ったのか、何を得てきたのかということをいろいろ点検している。そういうアルバムに思えたんです。その中でやっぱり残り時間はないよ。ないでしょうね。30年やってきて若い頃のようなことはもうできないわけですから、焦る気持ちとまだやれる気持ちのせめぎあい。その中でまだまだやれると思ったり、やっぱり時間がないと思ったりするのが「We have no time」だったわけですが、そういう中に今の世の中というのも加わったせめぎあいの曲が次の曲でしょうね。10曲目「ケモノミチ」。



ケモノミチ / Mr.Children

ストリングスのミュージシャンの名前はアルバムにクレジットされていますね、たくさんいますね。ロンドンでレコーディングされたんでしょうね。こういう重厚なゴージャスなストリングスとワルツのような優雅な曲調。でも歌われているのがラブソングとSOSですね。“ラブソングスは君に”、“SOSは誰に送ろう”。誰に向かってSOSを送ればいいんだか分からないというのが今じゃないでしょうかね。救いを求めたいんだけども、誰に求めればいいんだろう。ラブソングは愛する人、好きな人、伝えたい人が具体的にいたりするんでしょうがSOSがなかなか届かない、そんな時代ですね。

2022年、2023年コロナが明けたら戦争という中で生まれてきた歌だなと思います。フワフワと通るまぬけ。これは想像ですよ、自分たちのことを言っているのかなと。こんな時代に何もできない、というようなことをちょっと自虐的に表現したのがこのフワフワと通るまぬけ、自分たちのことなのかなと思いました。これも歌詞の中で出てくる言葉を使えば、バランスを取るだけで精一杯の時代なんだと思うんです。どなたもそうだと思います。若い人もそうかもしれませんね。自分のバランスをどうやって取ればいいんだということも分からなくなっていく中でそれぞれのケモノミチを行かざるをえない。さっきの「Party is over」と「We have no time」は独り言のような曲に思えたのですが、「ケモノミチ」はバンドとしての見解、そんなふうに受け止めました。

Rolling Stone Japan 編集部

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