アンドレ3000が語る、フルートを手に歩む探索の旅、変わらぬ遊び心

フルートを選んだ理由

ーいろいろ管楽器がある中で、最終的にフルートに行き着いたのは?

アンドレ3000 今回僕が出したアルバムのことをフルート・アルバムと呼ぶ人は多いんだけど、それだと誤解になるんだよね。多くの人にとってフルートというのは、クラシックのコンサートで演奏されるようなフルートなんだ。僕はそういうフルートをプレイしたことはなくて。僕がプレイするフルートは、メソアメリカとネイティブ・アメリカがミックスしたもので、手作りの木製のフルートになるんだ。このフルートは大好きだから、常に持ち歩いてるし、しょっちゅうプレイしてる。それでひたすらプレイしていくうちに、今度は他のフルートにも興味を持つようになったんだ。僕は基本的には、自分が息を吹き込んで音を操れるものなら何でも試してみたい。今までプロのレッスンを受けたことはないけど、バスクラリネットとかテナーサクソフォーンはやってみたよ。だけど、メソアメリカのフルート、ネイティブ・アメリカのフルートのシンプルさに惹かれてしまったんだ。フルートの穴の数が6つしかないんだよ。

ーたったそれだけなんですか?

アンドレ3000 そうなんだ。だから何を表現するにも、この6つの穴を使ってやらないといけない。このフルートには、サクソフォーンのような威圧感がないし、バスクラリネットのようにキーもたくさんない。6つの穴しかないから、非常にシンプルなんだ。このフルートを習得するために、僕はより多くの時間をフルートと過ごすことになったし、それでますますフルートに夢中になってしまった。今はさらにいろいろな管楽器を習得したいと思ってる。今手にしてるのは今のお気に入りで、最近はこればかりを持ち歩いてる。これはフルスという中国のひょうたん笛。前のフルートから次のフルートに導かれていく、そういう感じさ。

ー今フルートは何本持っているのですか?

アンドレ3000 ちゃんと数えたことはないんだけど、30本以上は持ってるよ。

ーめちゃくちゃフルートを楽しんでいますね。

アンドレ3000 もちろん。探索の旅のようだし、放浪の実践という感じがするんだ。そのフルートから何が引き出せるのか、フルートをいじってプレイすることで何が見えてくるのか、そういうのがとにかく楽しいんだ。

ー普段はどういうシチュエーションでフルートをプレイするのですか?

アンドレ3000 あらゆるところでだよ。スタジオでもプレイするし、外出した時もプレイする。コーヒーを注文して待ってる時も、コーヒーショップの外でプレイする。大自然の中、ハイキングしてる時もプレイするし、森の中でもプレイする。僕が持ち歩くフルートはシダーウッド製だから、大きな音が出ないし、心を落ち着かせてくれるんだよね。外出してる時は他の人に迷惑をかけたくないんだ。トランペットだって静かにプレイできるけど、トランペットだからそれなりの音量はある。だけど僕のフルートの音量であれば、どこでプレイしても問題ないんだ。

ー今住んでいる南カリフォルニアには、フルートを持ち歩いてハイキングできる美しい場所がたくさんありますよね。

アンドレ3000 たくさんあるね。だけど、もっと日本でフルートをプレイしたいな。一つ気づいたことがあるんだけど、日本の路上でプレイしてると、街を歩く人たちが心を開いてくれるんだよね。そこから会話も生まれるし、アメリカの路上でプレイしてる時とは、人々の反応が違ったんだよ。これには人種的なこともあると思うんだ。黒人がフルートを持ち歩いてるのを見たら、奇妙だと思うだろうし、何だろう?ってなると思う。それで僕がフルートをプレイし始めると、自然と世界がつながっていく、そういう感覚があったんだよね。

ーカルロス・ニーニョとはどのように出会って、一緒にアルバム『NEW BLUE SUN』を作ることになったのですか?

アンドレ3000 カルロス・ニーニョと出会ったのは、僕が今住んでるベニス・ビーチの地元のスーパー、Erewhonなんだよ。そこでショッピングをしてたら、ビースティ・ボーイズのマイク・Dがいてね。マイク・Dと話をしてたら、そこにカルロス・ニーニョが登場したんだ。カルロスとマイク・Dはすでに知り合いで、カルロスはその日の夜に自分がやってる音楽イベントに僕を誘ってくれたんだ。そのイベントはアリス・コルトレーンのトリビュート・コンサートで、ちょうどその前の週、僕はアリス・コルトレーンを聴いてた。だから僕は、「もちろん。寄らせてもらうよ」と言って、フルートを持って会場に行ったんだ。その日に会場で、カルロスに「つながれたのがうれしい」って伝えたら、カルロスは「アンドレがベニスにいてフルートをプレイしてるのは、いろんな人から聞いてたよ。みんなから二人は会うべきだって言われたんだ」って言うんだよ。それでカルロスから自宅に招待されて、ガレージを改造したスタジオに入って、初日から一緒にプレイすることになったんだけど、それがスゴく楽しくてね。そこからカルロスにいろいろなミュージシャンを紹介されて、一緒にプレイもすることになった。そうやってアルバムで共演した人たちと知り合ったんだよ。

ー『NEW BLUE SUN』の制作に当たって、事前にアイデアやコンセプトはありましたか?

アンドレ3000 アルバムを作ることになった最大の理由なんだけど、それまでは自然の中や路上でプレイすることが多くてね。路上でやった時に人々から良い反応をもらえたから、これをレコーディングすることで、より多くの人に聴いてもらえたら最高だなと思ったんだよ。それでアルバムを作ることになった時に、自分がどういうサウンドやアーティストに影響を受けて、どういうものが好きなのかはわかっていても、自分のアルバムをどういうものにしたらいいのかはわからなかった。ただ、アイデアはたくさんあったから、いろんなやり方でやってみたかった。それでいろんなミュージシャンと演奏をしてみて、結果として、アルバムを制作したコアの4人のメンバーに落ち着いたんだ。僕、カルロス・ニーニョ、ネイト・マーセロー、サライヤ・ボトファシーナの4人だ。この4人でやるとスゴく居心地が良いんだよね。

最初に4人でレコーディングした曲は、アルバム最後の曲(「Dreams Once Buried Beneath The Dungeon Floor Slowly Sprout Into Undying Gardens」)になる。この曲とアルバムの1曲目、2曲目(「I swear, I Really Wanted To Make A "Rap" Album But This Is Literally The Way The Wind Blew Me This Time」と「The Slang Word P(*)ssy Rolls Off The Tongue With Far Better Ease Than The Proper Word Vagina . Do You Agree?」)の3曲を録って、僕はカルロスに、「一緒にやった曲がスゴく良かったから、これをもっとやりたい」って伝えたんだ。それで、さらにレコーディングを続けて、さらに曲を作ることになったんだ。僕たちは事前にこういうコードでやろうとか、こういう音にしようとか、こういうフィーリングでやろうとかは話さなかった。ただ美しい音楽を作りたいという気持ちだけで演奏を始めて、お互いの演奏に反応しながら、インプロヴィゼーションのような形で進めていったんだ。僕の好きなフィリップ・グラスやスティーヴ・ライヒのようなクラシック的な部分もあれば、ジョン・コルトレーンの演奏を真似してるようなジャズの部分もあるし、反復する部分も、トライバルな部分も、熱狂的な部分もあるんだ。この制作環境は僕にとっては最高で、自分の中にあったアイデアをすべてぶつけられる機会に恵まれたと思うね。心をオープンにして、どんなフィーリングでも受け止めようと思ってたから、何が来てもその流れに乗ってやることができたんだ。







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