サンファが語る新たな傑作の背景 抽象的なサウンドに込められた「過去と未来のサイクル」

Photo by Jesse Crankson

 
マーキュリー・プライズを受賞した2017年の1stアルバム『Process』から約6年。サンファ(Sampha)の6年ぶりとなる最新作『LAHAI』はとんでもない傑作だ。ケンドリック・ラマー、ストームジー、トラヴィス・スコット、ドレイク、ソランジュといった超一流からも信頼され、いまやUKを代表するシンガーソングライターになった彼は、ここで実験的かつスピリチュアルなサウンドを提示している。

サンファのミドルネームであり、祖父の名前から取られたというタイトルが明示しているように、彼はこの最新アルバムを通じて、アフリカのシエラレオネからイギリスへと移住してきた両親のもとに生まれた自身のルーツへと思いを馳せつつ、同時にロンドンで育ちながら世界中の様々なアーティストに影響され、実際に交流もしてきたイギリス育ちとしてのアイデンティティにも向き合っている。アフリカン・ディアスポラの文脈と、今日の世界中でうごめいている音楽やテクノロジーの文脈とが同居する、古くて、新しくて、普遍的な音楽だ。

その自由で幻想的なサウンドに身を任せていると、時折、歌詞がすっと耳に入ってきて、サウンドがあまりにも密接に言葉と結びついていることに驚いたりもする。現実と空想と歴史が抽象的に散りばめられているリリックと同じように、音楽もあらゆるスタイルや手法、ジャンルが巧みに織りなされていて、言葉と絡み合いながら、映像的に流れていく。

聴けば聴くほど面白いが、聴けば聴くほどよくわからない。こんなにも美しくて、エモーショナルなのに「わからない」アルバムについて話を聞けるなんて、これほどわくわくする機会は滅多にない。音も言葉も背景も、そのすべてを聞き出そうと挑む前のめりな僕らに、サンファは穏やかな優しい口調で、その音楽について実に明晰に話してくれた。

おそらく、サンファはわかっている。彼の頭のなかはものすごく整理されているに違いない。だけど、それを抽象化することで、彼が伝えたい表現を力強く、美しいものに昇華しているのだろう。「わからなさ」すらコントロールできてしまうのがサンファなのではないかと、僕は脳裏で考えながら彼の話を聞いていた。



―まずは『LAHAI』のコンセプトを聞かせてください。

サンファ:このアルバムは、コロナ期間中に自分を振り返ることで生まれたものなんだ。その期間中に娘が生まれたこともあって、僕はスピリチュアリティについて、それが僕にとって何を意味するのかを考えていた。僕が失ってしまった人たちや、新たに得た人たちなどについて、そして一族の繋がりについても。過去を振り返ることによって、大きな全体像における自分の場所が見えてくることもある。自分の過去に埋もれてしまい、自分を見失ってしまうこともあるからね。「LAHAI」は僕のミドルネームで、祖父の名前でもある。今回のアルバムもパーソナルな作品になったから、このタイトルがぴったりだと思った。

―音楽面のコンセプトはどうですか?

サンファ:音楽面では、自分の文化的アイデンティティを感じられるものにしたかった。僕は、兄弟たちと一緒にジャングルを聴いて育ったんだけど、それは僕にとっては、非常にロンドン的というかUK的なサウンドに聴こえるんだ。ジャングルには西アフリカの伝統音楽の要素も含まれていて、その2つはファンクを介してつながっている。それから、スティーヴ・ライヒなどの前衛的なクラシック音楽も聴いていた。そういった自分のテイストや、ロンドンで育ち、エレクトロニックミュージックやグライムのシーンなどを経験してきた自分の生い立ち、自分のカルチャーを象徴するものすべてをアルバムに反映させたかった。また、エレクトロニックとアコースティックのハイブリッドな感じも出したいと思った。でも、これらは事前に計画したものではなく、自然にそういうものが出来上がったんだ。アルバムを作り終えてから、その音楽を振り返ることで、「そういうことなんだな」と気づいたんだ。


サンファの自作曲&客演曲をまとめたプレイリスト。彼はサブトラクトのデビューアルバム『SBTRKT』(2011年)への参加を通じて、エレクトロニックミュージックのシーンで最初に注目を集めた

―ジャングルで特に影響を受けたアーティストは?

サンファ:正直なところ、自分が誰の音楽を聴いていたのか分からなかった。だって、聴いていたのは僕が5歳くらいの時だったからね(笑)。だから、その大部分はノスタルジックな記憶として残っているんだ。若い頃は4ヒーローを聴いていたよ。彼らは活動当初ジャングルを作っていたけれど、その後はサイケデリックなオーケストラ・ソウルなどを作って、ミニー・リパートン(の「Les Fleurs」)をカバーしたり、ブロークンビーツを作ったりしていた。彼らはイギリスのエレクトロニックミュージックのプロデューサーとして先進的なところがあったし、僕も彼らから多大な音楽的影響を受けている。



―先ほどの話にあった西アフリカ音楽の要素は、アルバムの中からも聴こえると思います。特にどんなアーティストから影響を受けたのでしょうか?

サンファ:具体的には、僕がティーンエイジャーの頃に出会ったアルバムで、父親のCDコレクションにあったものなんだ。オウモウ・サンガレ(Oumou Sangaré)の1995年のアルバム『Worotan』。僕はこのアルバムに、他のどんな音楽よりも深く共感した。そこから、ワスールー(西アフリカのマリ、コートジボワール、ギニアが隣接する地域)の他のアーティストを聴くようになった……僕は名前を覚えるのが苦手でね……これでも普段から音楽を聴いているんだよ、ミュージシャンだからね(笑)。でも一番衝撃的だったのは『Worotan』だったね。


Translated by Emi Aoki

 
 
 
 

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