アンバー・リウが語る、f(x)で磨いたクリエイティブ精神、自分自身のための音楽

音楽のルーツ、ミン・ヒジンについて

ー昔はどういう音楽にハマっていたのですか?

ポップ・パンクをけっこう聴いてた。ブリンク182の時代だったし、SUM 41もリンキン・パークも好きだった。パラモアからは大きな影響を受けてる。そう言えばこの前、友達がアニメの音楽をかけた時に、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの曲が出てきて、「ちょっと待って。これ、私の子供の時の音楽よ!」ってなった(笑)。宇多田ヒカルも『KINGDOM HEARTS』で知って、アルバム『ULTRA BLUE』が大好きだった。好きな音楽の幅はけっこう広くて、ポップ・ミュージックやダンス・ミュージックをよく聴くようになったのは、f(x)に加入してから。

ーアンバーはラップが上手いですが、ヒップホップは好きで聴いていました?

私が子供の頃はエミネム、ジェイ・Zの時代で、彼らからは大きな影響を受けてる。自分がラッパーだとは思わないけど、ラップを楽しくやってるし、ヒップホップ・シーンも大好き。私がヒップホップにハマったのは、実はリンキン・パークとジェイ・Zのコラボレーションがきっかけで。そこから時代を遡って、ジェイムズ・ブラウン、マイケル・ジャクソンも聴くようになった。最近ではR&Bをよく聴いてて、SZA、ケラーニが好きで聴いてる。音楽は食べ物と同じで、好きな食べ物はすべて食べたいし、好きな音楽はすべて聴いて楽しみたいから。

ーf(x)はK-POPの中でも個性が豊かで表現力もあり、唯一無二のグループだったと思いますが、アンバーはf(x)の中でどのように自分を表現していきました?

f(x)のコンセプトは、私たちメンバー全員にとってごく自然なものだったと思う。誰もがユニークな存在でありたいと思ってたから。でも本当のことを言うと、私はまだ子供だったから、言われることをただ聞いてた感じ(笑)。それでもプロデューサーやクリエイティブ・ディレクターは私たちの良さを生かしてくれたし、私たちにも歌詞を書かせてくれた。それで、f(x)が最後の2枚のアルバムを出す頃には、私はプロデューサーと仲の良い友達になってて。私はグループの中でラップをやってたけれど、歌を歌うことが好きだったから、プロデューサーと歌に関してもいろいろとトライするようになって。けっこうコラボレーションという感じで作れたし、気持ち良く制作に臨むことができた。私たちの目標は非常に明確で、それは、私たちの持ってる能力のすべてを見せること、私たち一人ひとりを輝いて見せることだった。だから私たちは常に話し合ってたし、助け合ってたし、コリオグラファーもステージ・ディレクターも私たちの意見をちゃんと受け止めてくれてた。





ーf(x)のアートディレクションを担当していたミン・ヒジンとの仕事はどうでした?

彼女はとにかく天才! 当時は彼女としか仕事をしてなかったから、彼女がどれだけ天才なのかは理解できてなかった。彼女が私たちにとっての基準だったし、彼女を信じるしかなかったから。彼女からは「あなたたちにはビジョンがあって、私はそれを実現するためにここにいるから」って言われて。アルバム『NU ABO』のMVの時も、廃墟となったプールで撮影したんだけど、「そこでポーズを取っちゃダメ」って言われて。でもそれは自然体の私たちが良かったらしくて。彼女はいつも毅然としてたし、彼女から「走って」って言われると、私たちは走ってた(笑)。目からうろこが落ちるような経験ばかりだったし、常識とか境界線を超えた感覚があった。私から彼女に質問をしたことはなかったけど、彼女との撮影を通していろいろ学んだと思う。アルバム『Red Light』でも、私たちのメイクは顔の半分だけだったし。でもそういう美学が音楽のムードと絶妙に融合してた。彼女にとっては、どう絵を描いてすべてを形にするのか、それが重要だったと思う。





ー日本のファンは、f(x)こそがK-POPの新しいスタイルを最初に提示したグループだと思っていますよ。

自分たちの手柄にはできないけど(笑)。でもアイデアは素晴らしかったし、私たちが何かを表現したいってなった時は、チームとしてクリエイティブがまとまって、ちゃんと意見を出せてたと思う。しかも形にする時はクオリティにこだわってたし、パフォーマンスにおいても100%ではなく、200%を出せるようにやってたから。

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