スクエアプッシャーの音楽革命を総括 IDM〜ドリルン〜ジャズを横断する鬼才の「集大成」とは?

『Dostrotime』収録曲のスタイル、その並びの美しさ

『Dostrotime』を繰り返し聴いていて実感するのが、曲順構成の圧倒的な良さだ。弾き語り的に静謐な「Arkteon」(『Ultravisitor』収録の「Andrei」「Everyday I Love」や『Solo Electric Bass 1』収録曲にも通ずる)のパート1・2・3をアルバムの最初・真ん中・最後に配置し、その間に勢いのあるエレクトロニックビートを並べていく構成なのだが、そのビートの繋がりが実に滑らかで、アルバム全体で1つの組曲になっているようにも感じられる。

アンビエントな序曲「Arkteon 1」から滑らかに加速する「Enbounce」は、70年代のシンフォニックなプログレッシヴロック(U.K.やBrufordあたりも連想させられる)にも通ずる牧歌的な叙情を高速ブレイクビーツで引き立てる構成。それに続く「Wendorlan」では、シンゲリ的な(Nyege Nyege Tapes周辺にも通ずる)ビートがスクエアプッシャーならでのドリルン+ダークアンビエント風味(サン・ラやアシュ・ラ・テンペルのような暗黒宇宙感覚)と絶妙に混ざることで、他にありそうでない類のレイヴ感覚が生まれる。


「Wendorlan」のリミックス

「Duneray」にはヒップホップとシンセウェイヴを混ぜて早回ししているような趣もあって、フィア・ファクトリーにも通ずるサイバー・インダストリアル感にアシッドジャズが混ざる展開は、前曲の仄暗い感じを自然に別の形に変容させている。その意味で「Kronmec」も秀逸な仕上がりで、ベースが終始リードを担う神秘的なシンセオーケストレーションは、クラシック音楽方面のバックグラウンドをうまく引き出しているように思われる。

「Arkteon 2」(「同1」「同3」に比べると70年代の英国フォークロックに近い曲調)に続くアルバム後半の構成も絶妙だ。「Holorform」はシンフォニックなフュージョン/プログレハード風のつくりで、ショバリーダー・ワンにそのまま通ずる洗練されたメロディ展開が楽しめる。その終盤における忙しないビート展開は、続く「Akkranen」のクラウトロック〜ダークアンビエント路線への巧みな橋渡しになっている。泣きのシンセが全体を引っ張る「Holorform」に対し、「Akkranen」では短尺の不穏なリフが軸となっていて、リードパートの異なる在り方が続けて披露されることにより鮮やかに対比されている。その後に続くのがこの2曲の持ち味を足して激しくしたような「Stormcor」……という弁証法的な展開は、アルバム全体のなかでもハイライトと言えるだろう。

そこに連なる「Domelash」のコミカルかつ不穏な(スクエアプッシャーの音楽ならではの“そこはかとないおかしみ”をとても良い具合に滲ませる)アシッドジャズ風味で前曲までの勢いを自然に減衰させ、穏やかな「Heliobat」と「Arkteon 3」でチルアウトする締めくくりも素晴らしく、冒頭の「Arkteon 1」にシームレスに繋がることもあって延々リピートしたくなる。隅々まで美しいデザインがなされたアルバムだと思う。


2022年10月の来日公演より(Photo by TEPPEI)

ロックダウンによる解放とその終焉を祝うこと

以上のようなアルバム構成は、今作に際してトム・ジェンキンソンが述べているコロナ禍の気分をよく反映している。コロナ禍におけるロックダウンは、重要なこと(音楽制作や、何もしないでいること)を妨げる絶え間ない雑念からトムを解放し、大人になってからは馴染みのなかったシンプルな幸福感をもたらしてくれたという。

『Dostrotime』というタイトルは、このような「習慣的な中断がなければ、時間の経過は異なったものになる」ことを示すものだという。トムはこうした期間に様々なレコーディングを行い、その音源のいくつかを2021〜2022年のリスケジュール・ライヴに用いた。そこで体験した爽快感、ロックダウンが終了したという歓喜の雰囲気を反映したアルバムが『Dostrotime』であり、トムは今作を「ロックダウンによって引き起こされた音楽が、ロックダウンの終焉を祝う一部となるという特異性を捉えようとする試み」と位置付けている。

それをふまえて先述のような曲順構成を俯瞰すると、内省的なところも交えつつ景気よく走り抜ける勢いや、突き抜けて人懐っこく親しみやすい雰囲気が生まれている理由が分かる気もしてくる。スクエアプッシャーならではの日和らないポップミュージック。広く聴かれるべき、本当に素晴らしいアルバムだ。

【関連記事】スクエアプッシャーの超ベーシスト論 ジャコからメタリカまで影響源も大いに語る




スクエアプッシャー
『Dostrotime』
2024年3月1日世界同時リリース(CD、LP、DL)
国内盤CD:ボーナストラック追加収録
数量限定のTシャツ付セットも発売
【サブスクリプションサービスでの配信はなし】
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13872

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