米テキサス州知事、支持率アップのために「移民への残虐行為」を拡大

移民戦争まっただなかの2015年、アボット氏が州知事に就任した。見たところこれといった信念は皆無で、素晴らしい大統領、素晴らしい副大統領になれますね、と側近や顧問から時折ほめそやされる程度のつまらぬ野望しか持ち合わせていなかった。しばらくはそれもお笑い種で済んだ。だが笑いごとでは済まなくなった。ついに州知事は、国境問題に乗じて未来の大統領候補という位置づけを始めた。その過程で、州知事は国も変えようとしているようだ。

アボット州知事は大事な兵士を好き勝手にしているため、兵士を見れば知事の気分が解釈できるようにもなった。2月4日、イーグルパスで知事は目を見張る軍装備品のごく一部を披露した。47エーカーの緑地とゴルフコースを有するシェルビー公園を流れる川の、国境をつなぐ橋のたもとで記者会見が開かれた。シェルビー公園にはこの地域で唯一の桟橋があり、かつては連邦国境警備隊の任務の重要な拠点と位置付けられた。ずいぶん前から続く連邦政府への挑発行為の一環で、アボット州知事はシェルビー公園を占拠し、州警察と州兵で埋め尽くした。

記者会見会場の背景として左右対称に品よく陳列されていたのは、カメラの正面に据えられたオシュコシュ社製の大型リフトトラック。その両脇を旋回砲塔搭載のハンヴィー2台が固めている。隣にはトレーラーに積まれた2台のエアボート(テキサス州が川で運航する機関銃つきではなかった)。これら舞台装置の前には、州知事が配置した兵士が銃を構えている。おそらく100人ぐらいだろうか、軍装備の間を埋めるかのように2~3列に配置されている。みな戦闘服や防弾チョッキを身に着け、ライフルを携行していた。

兵士たちの表情は退屈そうだ。彼らは週末だけに駆り出される兵士、州兵だ。アボット州知事が最初に招集をかけた2021年には、州兵の間で自殺が相次いだ。本職や結婚式を延期してまで国境沿いの川に駆けつけたところ、たいした任務でもないことが判明したためだ。これについて州知事はほとんど言及していないが、懸命に弊誌への気遣いを見せようとはしている。昨年の感謝祭には国境を訪問して兵士らに食事を配った――のもつかの間で、やはり自慢の軍装備品をバックに(この時はボートとヘリコプター)ドナルド・トランプ前大統領の選挙活動への支持を発表した。

そして今日この日、アボット州知事は自慢のコレクションに14人の共和党州知事を追加した――大半は南部の州知事だが、国境と接する北部3州、モンタナ州、アイダホ州、ニューハンプシャー州の州知事も駆けつけ、アボット州知事の国境警備作戦とバイデン政権に一矢報いた手腕を称えていた。トランプ氏が11月の大統領選挙で当選できるかどうかは、国境問題が四六時中メディアで取り上られるかどうかにかかっている。すなわちアボット州知事の自慢のおもちゃは、共和党の全国制覇戦略の重要な部分を担っているのだ。

アボット州知事は演説で、シェルビー公園の選挙は序の口に過ぎない、テキサス州はさらに広い国境エリアを管轄下に置き、連邦政府が川に近づくのを阻止するつもりだと宣言した。シェルビー公園をめぐる諍いで、州知事率いる部隊は――たとえ移民が溺れかけそうになっても――川に近づこうとする連邦当局を阻みつづけ、憲法の危機が勃発しそうな様相を帯び始めている。アボット州知事は対決姿勢をエスカレートさせると宣言した。彼はエスカレートさせることしか能がない。

脅威があまりにも深刻で、国の安全が脅かされているので、そうするしかないというのが州知事の言い分だ。アメリカは「尋常ならぬ切迫した危険」にさらされている、自分こそが最後の砦、Thin Red LineならぬThin Greg Lineなのだと。つい先日も、「イラン軍に従軍していた」男が越境を試みたと州知事は発言した。男は一体何者で、どんな任務を負っていたのか?(イラン国民はほぼ全員、政府をもっとも辛辣に批判する人々でさえ、従軍経験がある――徴兵制度があるからだ)。川を渡ろうとする人の多くが、性暴力や身体暴力を逃れてやってきた女性や子どもだという事実は一切話題に上らない。ただの一度も。

見世物としては非常に効果的で、Foxニュースでは連日報道された。アボット州知事がトランプ氏の副大統領候補――少なくとも閣僚入りするのではないかとの憶測もささやかれた。

1週間後、報道も収まってきたところで、アボット州知事は再び賭けに出た。州の予算でイーグルパス近郊に軍事基地を建設し、2300人の兵士を駐軍させるというのだ。そうなれば、アボット氏および次期州知事は「戦略的地域に大量の軍隊を動員する」ことが可能になる。州はこれを「前方作戦基地(FOB)」と呼んでいる。これはテロとの戦いで使われた軍事用語で、イラクやアフガニスタンを占領中に建設された国内の衛星基地を指す。FOBから派生して「フォビット」という蔑称も生まれた。敵対国に建設した居心地のいいリトル・アメリカから、一歩も外にでない兵士のことだ。

だがイーグルパスの基地を表現するにはいささか場違いだ。テキサスはアメリカ領土だ。どこから見て前方に当たるというのだろう? だが、居心地のよさには事欠かないだろう。テキサスオブザーバー紙も報じているように、基地の建設費用は最大5億ドル――この3年間でアボット州知事が国境警備作戦に投じた100億ドルとはまた別にだ。基地には「51の寮、15のエグゼクティブスイート、指令センターが3カ所、軍用車両待機所が2カ所、ボート修理施設、ヘリポート」に加え、「シェフの手料理とビュッフェ形式の食事を24時間提供する1万5000平方フィートの食堂、完全装備のフィットネスセンター、図書館とゲームセンター併設のレクリエーションセンター、屋外バスケットコート、ビーチバレーボール用コート」が作られる予定だ。

テキサスのような裕福豊な州でも、5億ドルはかなりの出費だ。就学年齢前の児童への支出でみると、テキサス州の学校は全米でも低い部類に入る。保険未加入者の人口比も全米上位だ。連邦政府はつい先日、夏の学校給食無償化にむけてテキサス州に助成金を提案したが、州は担当部署が200万人をメディケイド制度の適用外にするのに大忙しで、他のことに手が回らないと言って提案を突っぱねた。アボット州知事が就任してから10年が経つが、彼が有権者の生活改善に成果を上げたとは言いがたい。州知事のレガシーは相当額の費用で、一握りの人々を追い出すことに終始している。

Akiko Kato

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