米テキサス州知事、支持率アップのために「移民への残虐行為」を拡大

元州下院議員のネヴァレス氏は、州知事が記者会見を開いた日に飛行機でイーグルパスに向かった。「どでかい飛行機がずらりと空港に並んでいました。あんなのは見たことがありません」と本人。「もちろん、一番でかかったのは州知事が乗っていたG5です」――ビジネス機の最高峰といわれるガルフストリームVのことだ。当然ながら、移動距離がもっとも短かったのもアボット州知事だ。「ああやってひけらかしているんですよ」とネヴァレス氏。「あの手のものがないと、表に姿を出せない人間なんです」。

ネヴァレス氏はテキサス州では珍しいタイプの人間だ。イーグルパスがテキサスの一部とはみなされないように、自分も周りからはテキサス人と見られていないだろうという密かな疑問を抱えている。ネヴァレス氏はイーグルパスと国境を越えたメキシコのピエドラス・ネグラスで幼少期を過ごし、多くの住民同様に2つの街を頻繁に行き来している。地名こそ違えど、2つの街は1つの都市として機能している。ネヴァレス氏もイーグルパスに法律事務所を構え、川向こうのスタジオで音楽をレコーディングしている。

テキサス下院議員を務めたのは10年間。無鉄砲で、ずばずばとものをいうこともある民主党議員だったが、他の民主党議員よりも保守的な場面もあった。2017年、共和党議員が下院議会の傍聴席にいた移民抗議活動家を移民関税執行局に通報したと得意げに語った際には、議場でとっくみあいのけんかになるところだった(共和党のマット・リナルディ議員は、ネヴァレス氏を撃ち殺してやると脅した。同議員は現在テキサス州共和党の幹部を務めている)。

ネヴァレス氏はオースティン文化にふけり、やがてどっぷりハマってしまった。2019年、アトランタ空港で議員専用の保安検査所を通過した際、事務所から持参したコカイン入りの封筒を落としてしまった。ネヴァレス氏は再出馬を断念した。

現在は薬を断ち、大半の現職テキサス州議員とは違って悠々自適な生活を送っているようだ。だが州知事によって故郷が軍用機地と化している中、何もできない自分に苛立ちを募らせている。些細な苛立ちもあれば――街を車で回りながら、ネヴァレス氏はフロリダ州のロン・ディサンティス州知事(共和党)が派遣した州兵を指さした。ダッジチャージャーに乗っているのですぐわかる――存在を脅かすような苛立ちもある。ひょっとするとイーグルパスの基地がトランプ氏再選の核となり、アボット氏がトランプ陣営に加わる足がかりになるのではないかという実感が、じわりじわりと頭をもたげてくる。真夜中に足を取られた移民が助けを求めるというような、より深刻な問題があることは言わずもがなだ。

何がアボット州知事をこうした行動に駆り立てるのだろう? 筆者は10年間州知事を取材しているが、他人の不幸に無頓着で、実力者を跪かせたいというぼんやりした野望しか持ち合わせていないという以外、いまだに彼の人となりがつかめない。おそらくそれら全部だろうとネヴァレス氏は言う。アボット氏はつねに政治家として「守りが固い」とネヴァレス氏は指摘する。「州知事選に当選した時も、基本的に完全防備の状態でした。他の対立候補者は予備選挙の段階でふるい落とされた。アボット氏の周りには、代理で妨害行為をする人間が大勢いた」とネヴァレス氏。アボット氏はほぼ完全に勢いだけで頭角を現し、全米でもっとも重要な州にも挙げられる州の知事に就任して、何の苦労もなく再選した。「そうした状況が、人間のエゴや野望にどんな影響を及ぼすか想像がつくでしょう?」とネヴァレス氏は言った。

アボット州知事の政治的直観は「最悪で最高」だとネヴァレス氏は言う。「彼のやることなすこと、注力することはどれもバカげています。州のごく一部のためにしかならないことをしているようにも見えます。そしてご存じの通り、あらゆる面で人道や美徳を公然と無私している。健全な行政や財政責任などおかまいなしです」。ネヴァレス氏は州の養子縁組制度を例に挙げた。テキサス州は十分な人数のケースワーカーを雇うすべを知らないため、養子に出された幼い子どもが――念のために言うと、彼らも一般市民だ――みすみす溺死したり撲殺されるケースが頻発している。「養子に出された子どもたちに関して言えば、本来中核にある道徳心に、州は目を背けています」。

Akiko Kato

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