米テキサス州知事、支持率アップのために「移民への残虐行為」を拡大

国境警備隊はしばしば移民のことを「トンク(tonk)」と呼ぶ。この単語が使われて久しいが、由来についてはいまいちはっきりしない。「生まれた国をさすらう人々(traveler outside native country)」の頭文字を取ったという説もあるが、最近になってHuffPostでは「この言葉を使う人々の間でよく聞かれる共通認識」として「移民の頭を頑丈な懐中電灯や警棒で殴った時の音から来た蔑称」と説明されている。当局は再三にわたってこうした物言いの取締りを行っているが、効果はない。

ある意味、こうした蔑称は順応性と保護の役目も果たしている。国から命じられた仕事をこなすには、移民を1人の人間として見なす余裕はない。HuffPostが入手した文書には、アルミ合金の懐中電灯で「ネズミの大群」に対処したという職員の発言が記載されているが、こうしたジョークが長年横行していることが伺える。こうした慣習は、トランプ政権時代のように、再会の保証もないのに子どもと保護者を引き離せという新任上司の命令を遂行する上での心構えとしては有効だ。

アボット州知事が州警察を国境に送り込んだ際、現地に派遣された職員は職務訓練をろくにうけていなかった。州知事の指示で、彼らは河川の警備警備の対策を講じ、より凄惨かつ非人道的な職務に就かされた。そうして自殺の第一波が始まった。州史上もっとも過酷な王書に見舞われた昨年の夏、州警察の1人が内部告発した。上司に宛てた報告書には、鉄条網の罠を川岸に仕掛けろという指示を受け、「自分たちは人の道を踏み外してしまった」と書かれていた。

ヒューストンクロニクル紙が入手したメールの中で、その警察官はこう書いている。「先月末、流産した妊婦が有刺鉄線に引っかかり、痛みでうずくまっている状態で発見された。4歳の少女は有刺鉄線を潜り抜けようとしたが、テキサス州兵から押し戻され、熱射病になって気を失った。10代の若者は鉄線を回避して川を渡ろうとしたが足を骨折し、父親が背負わなければならなかった」。州知事の一派が運営と人事を担当する公安保安部は、この報告書に対してのらりくらりと反応した――そして翌年、さらに警備を強化した。

ここ数年は数カ月おきに川での恐ろしいニュースが伝えられ、最悪の状況に達した感もある――ついに責任者が引責するかとも思われたが、事態はますますエスカレートし続けている。

先日州知事は極右系ラジオ番組に出演し、他にどんな国境対策があるかと質問された。「まだ手を付けていないのは、国境を越えようとする人々に発砲することだけだ」とアボット州知事は答えた。「理由はもちろん、バイデン政権から殺人罪で起訴されてしまうからだ」。すんなり回答が出てきたことからも、州知事がそれなりに本気で検討していたことが伺える。

先ごろテキサス州司法長官を務める共和党のケン・パクストン氏は(証券詐欺で10年間書類送検されていたが、最近になって共和党が過半数を占める下院から弾劾された)、エルパソにあるカトリック系慈善団体を閉鎖する計画を発表した。「受胎告知の家」と名付けられたこの団体は、合法的に国境を越えた移民への救済活動を行っている。

テキサス州の政治組織が束になって移民を――さらには移民に同情の念を寄せる人々をも追い出そうとしている。これにはすべて前振りがある。トランプ陣営は再選後の移民政策として、共和党寄りの州の州兵を総動員して移民の一括強制送還を行うつもりだ。アボット氏はもろ手を挙げて感謝することだろう。

****

ある日の午後、国境を越えてピエドラス・ネグラスへ向かった。ここにはカトリックの教えにのっとって運営する移民用のシェルターがあり、意を決して川に飛び込もうとする移民たちの疲れを労っていた。ネヴァレス氏から聞いた話だと、数カ月前に移民が大量流入した際にはごった返していたそうだが、電話をかけてもメールを送ってもシェルターとは連絡がつかなかった。建物は閉鎖され、街角には人っ子一人見当たらなかった。

最近ではイーグルパス近郊で越境する移民の数はめっきり減った。メキシコ側で担当替えがあったのだ。メキシコ人兵がアメリカ側を向いて、川岸に配属されている。街に向かう道中には検問所が敷かれ、メキシコの治安当局がシェルビー公園へ向うと思われる人間の頭を誰彼構わず殴っていた。その理由はメキシコ政府のみぞ知る。バイデン政権の圧力で、アボット州知事の息の根がかかった地域から移民を遠ざけろと言われているのかもしれない。あるいは商売の邪魔をしたくないだけかもしれない。コアウイラ周辺には世界最大のビール醸造所があり、アメリカ人のためにコロナをせっせと製造している。ビールの流れを止めるわけにはいかない。

アボット州知事は自分の手柄だと豪語しているが、それはお慰みでしかない。州知事にしてみれば、移民は流入し続けてもらわないと困る――アメリカ人をぞっとさせ、恐怖におびえる人々の間で自分の株を上げるような映像が必要なのだ。移民の不幸は、州知事の政治活動を回す潤滑油だ。移民をシェルビー公園から遠ざけたがために、密かに移民の妨害行為に遭っているというわけだ。だが同時に、州知事はさらにばかげた大芝居を打ちに出るだろう――大統領選が本格化しているとなれば、なおさらだ。

州知事が文明と無政府状態の激戦地と呼ぶシェルビー公園に関しては、皮肉な点が2つある。1つは公園が不法移民――それもアメリカ人の不法移民にちなんで名づけられたという点だ。ジョセフ・シェルビー将軍は南北戦争で南軍連合が敗北すると、北軍に降伏する代わりに南下して軍旗をリオ・グランデに沈め、生き残った数人の兵士とともに泳いでメキシコを渡った後、現地から連合政府に奉仕したが、やがてお払い箱となった。

2つ目は、川の向こう側にはシェルビー公園のちょうど真向かいに、アメフトのスタジアムがあることだ。小さなテキサスの高校で見かけるようなスタジアムだが、こちらのほうがずっとにぎやかで、鮮やかな青と黄色で彩られている。ネヴァレス氏の息子もここでプレイし、父親も毎晩コーチ役を買って出ている(テイラー・スウィフト効果で、子どもたちはみなタイトエンド志望だそうだ)。

ネヴァレス氏とともに川岸まで歩いていく。有刺鉄線の列が続いている。テキサス州はシェルビー公園の安全確保のために大金をはたいた。だがそれでもなお、そこら中に鉄線を張り巡らせてもなお、移民が到達できる場所はある――それも十分に。「こちらにたどり着くために、こんなにも大変な目に遭わなくちゃならないなんて」とネヴァレス氏。「それでも人は国境を越えようとする。いつの世もそうです」。

国境をつなぐ橋のたもとにあるピエドラス・ネグラスの広場は整備され、安全だ。ちょうどバレンタインデーの飾りつけがしてある。近くにある年季の入った美しいカトリック教会では、牧師が老若男女の信者に灰の水曜日の印を施していた。鐘がアヴェ・マリアを奏でる。国境を越えて自由の国へ戻る前に、橋の欄干へと向かった。川のこちら側、左の方では温かい日差しの下、ネヴァレス氏率いるチームが練習を始めている。川の向こう側、有刺鉄線の列の向こうでは、陰になったシェルビー公園が冷徹で重苦しく立っていた。

関連記事:催涙ガスの次は?移民への武力行使を激化させるトランプ政権

from Rolling Stone US

Akiko Kato

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE