刑部芳則が語る、昭和モダニズムの先駆者・服部良一が作った大戦前後の楽曲

山寺の和尚さん / コロムビア・ナカノ・リズム・ボーイズ



田家:1937年発売、昭和12年。この曲、歌っているのはどんな人たちなんですか?

刑部:コロムビアでジャズだとか、そういうものをコーラスグループという形で吹き込んでいたんですね。中野忠晴さんという歌手がいますけども、淡谷のり子さんのコーラスだとかで活躍していたグループなんですよ。もともと服部さんは昭和11年にコロムビアの専属作曲家になるんですけど、声をかけてコロムビアに来たら?って言ったのが中野忠晴さんなんです。

田家:あ、そうなんですか。コロムビア・レコードの中にジャズのコーラスグループが専属でいたということなんですね。今日この曲から始められたのは?

刑部:コロムビアに入ってから、その後も服部さんのナンバーの中で広く知られている1曲が「山寺の和尚さん」で。当時の古賀政男さんとか古関裕而さんには絶対作れないような、ジャズのリズムがふんだんに出ていて、J-POPというものの原点がここにあるんじゃないかという曲なので、これを選んでみました。

田家:実は僕もずっと知らなくて。80年代に財津和夫さんが服部良一さんに扮したテレビドラマをやった時に知ったんです。え!これも服部さんだったの?という。作曲者が誰だってことを知らないで伝わっている1曲でしょうね。

刑部:そうでしょうね。後でも出てくると思うんですけど、メロディは非常にモダンなセンスなんですけど、歌詞そのものは日本古来の民謡とか都々逸とかに出てくるようなお話ですよね。服部さんはそういうのを作るの上手いんですよね。日本人に馴染みがあるんだけど、そこに洋楽的センスをコラボして大衆の心を惹きつける感じですよね。

田家:ジャズ自体はその前から日本の音楽の中では流れていたわけですよね。

刑部:入ってましたね。昭和の始めの頃ですね。

田家:服部良一さんは自伝『ぼくの音楽人生』を残されていて、その中にスキャット奏法はリズムメーカーとしての僕の武器だとご自分でお書きになっていましたね。

刑部:これが他の作曲家にはできない、自分独自の手法だということを早い段階から感じ取っていたんだと思いますよ。

田家:この「山寺の和尚さん」が発売された1937年、昭和12年というのは先週、先々週にも話が出ましたが内務省というところがあって、そこの保安課長が社会風致上、ダンスホールがなくなることを望むという声明を出した年だったと。

刑部:ダンスホールというのは当時の若者が集まる場所としては不良の男女が行くところで、風紀上よくないと内務省は考えていたんですよね。

田家:これもあらためて知ったんですけど、当時町中で音楽を演奏する場所がダンスホールとカフェだった。

刑部:非常に多かったと思いますよね。今の人たちにはちょっとわからないと思うんですけどカフェには2つ意味がありましてね。戦前は。1つは女性が男性客にお酒を提供して接待する。今で言うと、キャバクラみたいな感じのところなんですよね。それと純粋に「一杯のコーヒーから」に出てくるようなコーヒーを飲むような喫茶店があります。

田家:純喫茶?

刑部:ええ。そうなんですよ。今おっしゃったように純喫茶という言葉は何かと言うと、いかがわしくない純粋な喫茶店ですよというので、純喫茶なんです。

田家:そっか、いかがわしい喫茶店があったから純喫茶があるんだ。

刑部:そうなんです。

一杯のコーヒーから / 霧島昇、ミス・コロムビア



田家:昭和14年3月発売。音楽が流れていたお店は、純じゃない方だったんですか?

刑部:両方ですね。一般の純粋な喫茶店だとクラシックなんかが多かったと思います。

田家:大阪のカフェ状況というのは史料がおありになるんですかね。

刑部:当時の新聞とか雑誌に載っていますけど、兵庫の神戸と大阪っていうのはジャズ文化がいち早く日本の中で浸透していった地域ですよね。関東大震災があって、当時東京で活躍していた演奏家とかジャズマンが大阪の方に活躍の場を移してきて、そこで発生してくるというところが1つ大きいんですよね。

田家:ドラマの『ブギウギ』の中でも、カフェのシーンがありますよね。打ち合わせをしたり。あれが当時のカフェって感じなんですか。

刑部:あれは当時の一般的な喫茶店。喫茶店なんだけど、洋食店+喫茶店みたいな設定なんですよね。

田家:当時の純喫茶は本当にコーヒーだけだった?

刑部:コーヒーとかちょっとした軽食みたいなものとデザートは出していたと思います。

田家:「一杯のコーヒーから」はそういう意味では本当にコーヒーを歌った最初のヒット曲と言っちゃっていいんでしょうかね。

刑部:コーヒーそのものがタイトルについたり、題材にしたのは最初なんですけど、その前に「小さな喫茶店」という中野忠晴さんが歌っていた曲とかね。それからこれはいかがわしい方の女給が出てくる方ですけど、昭和11年に「カフェー行進曲」とか何曲かありますね。

田家:なるほど。「小さな喫茶店」をもじったのが「小さなスナック」なのかな(笑)。

刑部:ははは! そうですね。

Rolling Stone Japan 編集部

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