刑部芳則が語る、昭和モダニズムの先駆者・服部良一が作った大戦前後の楽曲

夜のプラットホーム / 二葉あき子



刑部:これはもともと淡谷のり子さんが昭和14年10月頃に録音した曲なんですよ。東宝映画の『東京の女性』の中で使われたんですけど、当時の内務省としては時局的にあまり好ましくなかった。つまりどういうことかと言うと、作詞したのが奥野椰子夫さんという方なんですけど、中国大陸に出征兵士を見送る1人の母親の姿を見まして。どんな気持ちなんだろう、悲しいだろうなと思って作ったんですよ。死んで帰ってこいというような歌詞を作らなきゃいけない時代に、率直な気持ちを歌詞にして悲しいメロディをつけたという、言ってみれば本音と本音が重なっちゃっている部分が、やっぱりダメだったんだと思いますね。

田家:なるほどね。ばんざいばんざいと言って、送り出さなければいけないという時代ですもんね。それが発売されなくて、戦後に歌い直しをした。

刑部:そうですね。戦後発売するときに本当はコロムビアとしてオリジナルの淡谷のり子さんをと考えたみたいなんですけど、このとき淡谷さんはテイチクレコードへと移籍してしまっていて、歌うことができない。そこで二葉あき子さんがこれを吹き込んだところ、大ヒットしたということなんですよね。

田家:作曲は服部良一ではない?

刑部:もともとは服部良一として作曲していたんですけど、昭和14年段階では発売できずお蔵入りになっちゃったので、ドイツ人のようなハッターという名前にした。服部良一のペンネームなんです。当時、コロムビアの洋楽部でいた人が英語で歌って、所謂海外向けの輸出盤みたいな形で売ったんですね。当時としては一部の愛好家しか買わなかったんですけど、そういう形で一応出したということなんです。

田家:昭和14年に淡谷のり子さんが歌っていたらどうなっていたでしょうね。

刑部:ね。これ時代がはやかったと思いますね、10年。もしかしたらその段階で出していたらヒットしなかったかもしれないですね。

田家:たしかにね。そういう時勢に合わないからと言ってお蔵入りされた歌はかなりたくさんあったんでしょうね。

刑部:いや、意外と少ないんですよ。内務省というのは徹底的にダメだというよりは、むしろなるべく発売させてあげようとした。だけど、これ以上ちょっとこれはまずいんじゃないかというものに対しては、規制していた。なので発売禁止された曲は一般に言われているよりは遥かに少ないんですよね。

胸の振子 / 霧島昇



田家:昭和22年6月発売。この曲はどんな曲なんですか?

刑部:なんで選んだかと言うと、これが霧島さんの愛唱歌であるということと、霧島さんの歌唱力が非常に出ているという点。霧島昇さんはもともと声楽家の藤原義江に憧れまして、東洋音楽学校、今の東京音楽大学を出ているんですよ。ところがヒット曲になりますと「誰か故郷を想わざる」という古賀政男さんの作曲とか、映画『愛染かつら』の主題歌の「旅の夜風」。これは万城目正さんです。

田家:は~な~も嵐もふ~みこえ~て~♪

刑部:そうです、そうです。こういうような哀調を帯びたような、声を張らないような哀愁のある曲が懐メロ番組だとかでもかかるし、代表曲なんですけど私は霧島さんの歌唱力を活かす作曲家って服部良一さんならではだと思うんです。その1曲がこの「胸の振子」だと思っているんですね。

田家:どこが違うんですかね。

刑部:他の作曲家の人は日本的な歌謡曲的なものが多いんだけども、服部さんの場合はヨーロッパのポピュラーソングのような、歌曲に近いような、声量を活かせるような作風が非常に多いと思います。先程お聴きいただいた「チャイナ・タンゴ」。あれも戦後にカバーしているのが霧島昇さんなんですよ。

田家:なるほど。霧島昇さんは並木路子さんとのデュエット曲「リンゴの唄」。1945年の。あれも歌われているわけでしょう。

刑部:そうですね。これも万城目正さんの作曲ですね。

田家:軍歌も多いんじゃないですか。

刑部:戦時歌謡が多いですね。

田家:戦時歌謡って言うのか。そういう意味では服部良一さんよりも古賀政男さんとか万城目正さんの方が多かった?

刑部:ヒット曲としてはそういうのが多いですし、戦時中ですと古関裕而さんが作っている「若鷲の歌」とか、そういうような戦時歌謡が多いですよね。

田家:でも服部良一さんはそうじゃない面を引き出すことに成功をしたという。

刑部:そこがやっぱり服部さんのすごいところだと思いますね。霧島さんの持っている、他の作曲家が作る霧島調と呼ばれる調子とは違うものを引き出しているところがすごいと思います。

田家:今日の8曲目です。これはどなたでもご存知という国民的なヒット曲ですね。昭和24年、1949年3月発売「青い山脈」。

Rolling Stone Japan 編集部

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