ジュリアン・ラージが語る、ジョー・ヘンリーと探求したアメリカ音楽のミステリー

Photo by Alysse Gafkjen

ジュリアン・ラージ(Julian Lage)はギターの化身みたいな存在だ。ペダルを使わずに、指先のコントロールだけでカラフルな音色を奏でてしまう驚異的なテクニックで世界を驚かせてきた。そのうえでジャズやブルース、ブルーグラスやカントリーをはじめとする幅広いギター音楽について熟知していて、それらを巧みに織り交ぜながら、独自の音楽を奏でている。ここまでギターに深く向き合っているギタリストもなかなかいないだろう。

だからこそ、ジュリアンは自身のギターを中心にした編成で音楽を奏で、それを録音してきた。ベースとドラムを交えたトリオでの録音が多いが、ギタリストとのデュオやソロギターのアルバムも発表している。これまでに自身の名義で録音した14作のアルバムとEP の多くはギターが軸の小編成だった。例外は2009年のデビュー作『Sounding Point』と2011年の2作目『Gladwell』。今、改めて聴くと片鱗は覗かせながらも、2000年代的なコンテンポラリージャズ色も強く、ジュリアンならではの個性が完成する前のプロトタイプのようにも聴こえる。おそらく、自身の音楽性を確立する前の段階では、管楽器やピアノを入れていたのだろう。2015年の『World's Fair』、2016年の『Arclight』から先の作品には、そのどちらも入っていない。

ところが、15作目のリーダー作『Speak to Me』では再び管楽器とピアノが入っているほか、ヴィブラフォンなども加わり、これまでで最も大きな編成での作品となっている。しかも、ここではプロデュースをジョー・ヘンリーが務めている。

ジョー・ヘンリーはアメリカのルーツミュージックを尊重しながら、それを現代にフレッシュに響かせ、その新たな魅力を炙りだしてきた奇才だ。ヘンリーはブルースやカントリー、ゴスペルだけでなく、ジャズへのアプローチも独特だった。ドン・チェリーやオーネット・コールマンやドン・バイロンらを自作のゲストに迎え、ジャズの深淵からアメリカ音楽としての本質を引きずり出すようにジャズに向き合ってきた。そう考えると、ジュリアンがジャズの世界において取り組んできたことと最も近いことに取り組んできた人物とも言えるのかもしれない。

ジュリアンのディスコグラフィにおいても特別かつ異質なものになった『Speak to Me』について、本人にたっぷり語ってもらった。


Photo by Alysse Gafkjen


―まず、『Speak to Me』のコンセプトを聞かせてください。

ジュリアン:いくつかのことが絡んでいるんだ。あまり詳しくは語れないんだけど、家族や身内のことでいくつもの悲しい出来事が起きたんだ。ごく最近のことだよ。だから単純な言い方をすれば、そういった感情を尊び、音楽という“家”を与えて自分の気持ちと折り合いをつけ、つらい思いを癒すため……ということかな。

音楽面での一番の変化は、オーケストレーション。ずっと前から、より大きなアンサンブルのプロジェクトに取り掛かりたいとは思ってたんだ。何年も前だけど、何枚かそういうアルバムを出してはいる。『Sounding Point』も『Gladwell』も5〜6人編成だった。今回はパレットが大きくても、インプロヴィゼーションに基づいたものにしたかったし、さらには、オーケストレーションの良さがちゃんと聴こえるシンプルな楽曲にしたかった。つまりは「トリオの自由度を6人で出せるのか?」というかなり壮大なコンセプトなんだ。

楽曲の構成的には、時にミステリアスで悲しげ、同時にすごく美しくて「この曲はこういう曲だ」という焦点を絞った直接的な曲ばかりだ。それぞれの曲に明確な目的があると言っていい。



―ジョー・ヘンリーにプロデュースを託した経緯を教えてください。

ジュリアン:ジョー・ヘンリーは誰よりも革新的なプロデューサー/ミュージシャンの一人だと言えるよね。彼自身のアルバムでやってきたことも信じられないくらいすごいし、プロデューサーとして関わった作品では、常にそのアーティストのベストを引き出していると思う。ジョーとはここ数年で親しくなったこともあり、「これまでとは何か違うことがやりたい、ジャズの理解がありながらも、僕を違う方向へ後押ししてくれる誰かがいないだろうか?」と思っていたので、ジョーこそが夢を叶えてくれるプロデューサーだと思った。そして嬉しいことに、彼もイエスと言ってくれた。

ジョーは、器楽奏者をシンガーのように聴くタイプだ。実際、その二つに差はない。僕がバンドのリードシンガーだということを彼は理解してくれた。歌詞はないけれどやっていることは同じ。僕がシンガーの役割を演じ、バンドがその周りを埋める。だからやっていてとてもやりやすかったよ。このプロジェクトは実現可能だ、決して無謀なことではない、と思わせてくれたんだ。実際、やっていて何度も「この曲はもっと長くしなきゃ、もっといろんなものを詰め込まなきゃ」と僕が思ってしまう場面があった。でもそこでジョーが「やめろ、それで十分だ、その30秒があればそれ以上はいらない」と、うまいこと僕を止めてくれたんだ。例えば「Omission」はそんな一曲だ。あれは他の曲の導入部だと考えていたんだけど、ジョーが「あれだけにしよう」と言ってくれた。「South Mountain」も「Nothing Happens Here」もそう。彼のおかげで、僕はペンを置くことができた。それは良かったことの一つだね。



―ジョー・ヘンリーはこれまでに数多くのジャズミュージシャンを効果的に起用して、傑作を作ってきました。そういった彼のジャズとの繋がりも、あなたのインスピレーションになっていますか?

ジュリアン:もちろん。彼は、いわゆるシンガーソングライターでありながら、即興音楽への深い敬意を示してきた数少ない一人だと思う。ドン・チェリーやオーネット・コールマンだけでなく、ミシェル・ンデゲオチェロ、ブライアン・ブレイドなどなど。あと、彼が作るレコードのサウンドにはコントロールされすぎた感じがない。ジャズのアルバムのような解放感があるんだ。まるでファーストテイクであるかのようで、生身の人間が音楽を作っている音がする。実際、僕はジョーからジャズのことをたくさん学んできたしね。

―ジョーがジャズミュージシャンとやってきた作品で、特に好きなのは?

ジュリアン:『Scar』は当然ながら名盤だ。最新作の『All The Eye Can See』にはビル・フリゼールが全面的に入っているし、リヴォン(・ヘンリー:ジョーの息子)も入ってる。T・ボーン・バーネットがプロデュースし、ドン・チェリーを起用した『Shuffletown』もいいね。




―ジョーはあなたのヒーローであるオーネット・コールマンとも共演してますよね。

ジュリアン:ジョーからオーネット・コールマン に連絡を取って「こういうことがやりたい」と言ったらしいんだけど、マネージャーはそれを断った。だけどオーネットがジョーの音楽を聴いて、彼からの手紙を読んで「ちょっと待て、この男には何かある。ぜひやってみたい」と思ったらしい。そんなふうに人を惹きつける魅力がジョーにはある。しかもエゴ抜きで、純粋に音楽を作りたいというだけなんだ。だから僕にとっては、彼とオーネットが一緒に音楽を作るというのも驚きではない。二人のやっていることは同じだと思うから。

彼みたいな人って本当にいないんだよ、僕の知る限り。どの世界にも彼は馴染んでしまう。シンガーソングライターの音楽の世界でも、ポピュラーミュージックの世界でも、アメリカーナでも、ジャズでも、言葉の世界でも……。彼は本も書く優れた作家であり、優れた発言者だからね。彼はある種、音楽の宇宙のど真ん中にいて、彼の発する言葉は全てそれ以外のことに絡み合っている。でもそんな人間はそう多くない。ジョーのように様々なことをやってる人はたくさんいるけれど、ジョーと同じことができる人間は他にいない。特徴的でユニークなのに、多くの人を受け入れられる。大抵その二つは両立しないものだよね。何かに特化した人はそれ以外のことをしないものだし、なんでも出来る人はその人にしかできない個性がない。ジョーは他にいないタイプだね。

Translated by Kyoko Maruyama

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