ジュリア・ホルターが語る官能的サウンドの裏側、『ポニョ』から学んだ愛と変容の旅路

Photo by Camille Blake

ジュリア・ホルターが6年ぶりのニュー・アルバム『Something in the Room She Moves』を発表した。エレクトロニック・ミュージックとクラシック音楽をまたがる領域で独自の世界を築いてきたホルターだが、6作目となる今作では自身が弾くラップスティールやベース類を除いて弦楽器が取り払われ、フルートやクラリネットなど多彩な管楽器とシンセサイザーのハーモニーが浮遊感のあるサウンドのテクスチャーを構成している。

パンデミックの期間も挟んで行われた今回のレコーディングには、昨年末の来日パフォーマンスでもホルターと素晴らしい共演を披露したパートナーのタシ・ワダのほか、盟友ナイト・ジュエルことラモーナ・ゴンザレスを始め地元ロサンゼルスのミュージシャンが参加。アンビエント/ドローンの深い響きが『Ekstasis』(2012年)や初期の頃の作風を思わせる場面もある一方、肉体や感情の変化を扱ったテーマが作品全体を引き立てるしなやかでセンシュアルなムードが印象的だ。今回のインタビューでは、そのアルバムの話題に加えて、ホルターの背景に息づくロサンゼルスのミュージシャンシップ、そして今も繋がるインディペンデントな音楽コミュニティについて話を聞かせてもらった。



─去年の暮れに観たタシ・ワダさんとのライヴ・パフォーマンス、とても素晴らしかったです。

ホルター:うん、あれは本当に、本当にグレイトな体験だった。非常に良くオーガナイズされたイベントだったし、観客も本当に最高で。しかもとても美しい会場(東京・新宿にある淀橋教会の礼拝堂)だったし、だから私たちの音楽、タシの音楽にぴったりという気がした。それは、ローレル・へイロー(同公演で共に来日)も同様。私は彼女の大ファンで、他の会場で彼女が演奏するのは何度も観てきたけど、あの会場での彼女のパフォーマンスは、私が観たなかで一番好きなもののひとつ。全般的に言って、ああしてまた日本に行けたのはとても素敵な経験だったし……それにとにかく、日本で誰もが音楽に対してどれだけ愛情を抱いているか、いかに細部まで心を配って企画・主宰者側がショウを構成しているかが分かって最高だったし、うん、本当にポジティヴな経験だった。

─今回のアルバム『Something in the Room She Moves』には、前作の『Aviary』に続いてタシさんも制作に参加されています。タシさんとは継続して一緒に演奏を重ねられていて、互いに刺激を与え合う部分も大いにあると思いますが、今作に関してタシさんから受けた影響やインスピレーションを感じるところとしてはどんな点が挙げられますか。

ホルター:そうだな、概して言えば、私は……タシの和声学の側面、ハーモニーに関する関心にインスパイアされていると思う。ふたりであれこれやってみるし、コンポーザーとしての彼は本来……彼にとっての原点的なインスピレーションは、アルヴィン・ルシエ(ジョン・ケージやデヴィッド・チューダーと共演を重ねた実験音楽の作曲家)といった人たち――つまり同じピッチを維持し続ける、そういう概念に取り組んできた音楽のなかにあって。だから、いかにハーモニーが……うーん、どう言ったらいいだろう? 物事をシンプルに捉える、というか――私がタシの音楽を代弁すべきじゃないとは思うけれども、とにかく、タシの和声の感覚からインスピレーションを受けてきた。彼がどんな風に彼の作品のなかで連続するハーモニーやグリッサンドを扱うかや、音楽におけるユニゾンの機能だとか。それは私も本当に好きな面で、彼の作品のひとつにユニゾンの不可能性を探ったものもあるし……うん。ふたつの楽器が同じメロディを奏でても、それらはいかに決して“完全に同じ”にはなり得ないか、ユニゾンのそんなところに私はとてもハマっていて。MIDIみたいなものというか、機械が演奏するように周波数は同じなんだけれども、ふたりの人間が一緒にユニゾン演奏する、あるいは斉唱すると、どうしても完全に、厳密に同一で安定した周波数にはならないわけでしょ? だから、いろんな類いの非類似性がある、みたいな。同じことをやろうとしているのに、その実、ふたりの人間の違いがはっきり出る、と。彼の音楽で、私が強く反応するのはそこじゃないかと思う。


2018年、ホルターも参加したタシ・ワダ・グループの演奏

─先の公演でもタシさんが吹くバグパイプがとても印象的でしたが、今作ではそのタシさんのバグパイプを始め、フルートやサックス、トランペットなど多彩な管楽器が使用されているのが特徴的です。これまでの作品と比べて際立った傾向だと思いますが、管楽器の使用について、あるいはシンセなど他のインストゥルメンタルとテクスチャーを構成する上ではどのようなアプローチで臨まれたのでしょうか。

ホルター:今までにも、サクソフォン/クラリネット奏者のクリス・スピードとは一緒にレコードを作ったことはあって。でもたしかに、今回のレコードで彼は過去以上にプレイしている。私が求めていたのは……クリス・スピードとフルート奏者のマイアのふたりにレコーディング・セッションに来てもらい、既に私たちが作ってあった音源に演奏を重ねてもらう、ということで。私が見つけようとしていたのは一種の……(自問調に小声でつぶやく)管楽器に何を求めていたんだろう? そうだな…………このレコードの随所でサクソフォンとクラリネットを演奏してくれたクリス・スピード、彼に対して私がお願いしたのは基本的に、鳥のようなサウンドにチャネリングしてください、みたいなことだった。

─(笑)なるほど。

ホルター:(笑)。浮遊するような、とりとめのない即興というノリでね。で、たぶん自分が考えたのは、そうすれば素敵なコントラストが生まれる――あっ、そうだ、それはフルート奏者のマイアにも同じことが当てはまるっけ。ともかく、管楽器がそういう風に飛び回るように演奏すれば、強烈でとても流動的なフレットレス・ベースやグリッサンドするシンセ等、滑奏楽器との良い対比をもたらすだろう、と。それはナイスな対比、そしてテクスチャーだなと感じた。あと、フルートと一緒にやったのは今回が初で、あれは本当に素敵な新たな音色だった。もっとブレスが多い感じで――というか全般的に、ブレス感は自分が求めていたことだった。というのも、このレコードを身体の内側で感じる、とても直感的なものにしたかったし、その呼吸を感じる、そこに人間が息づいているのを感じる、というか。管楽器ならブレスまで伝わるし、たぶん、だから使いたかったんじゃないかな。

─音色面での違いはもちろんですが、異なる動きも持たせたかった、と。画家的なアプローチですね。

ホルター:そう。それに今回は特に、弦楽器を使っていない、というのもある。もちろんベースは除くけれども。フレットレスに、一部でダブル・ベースも使ったけれども、それ以外にこのレコードで弦楽器は登場しない。それから、過去に何度も仕事してきたサラ・ベル・リーが「These Morning」でトランペットをプレイしてくれたから、トランペットも含んでいる。



─加えて、今回のアルバムでは、これまでは他人に負うところが大きかったビートやドラム・プログラミングについても自身が積極的に関わったと聞きました。「Sun Girl」や「Spinning」でその成果を聞くことができますが、どんなことを意識して制作に臨みましたか。

ホルター:そうだな……さっきも言ったように、とても直感的なフィーリングのあるものにしたかったし、と同時にキャッチーさも持たせたかった……かな? うーん、自分があそこで何をしたかったのか、口で説明するのはむずかしい(笑)。ただまあ、私はビートを作りたかったし、ただし、とてもプリミティヴなやり方でそれをやりたかった。ビートをミックスするのも、シークエンサーで繋げるのも好きではないし、とにかく自分でビートをプレイし、重ね、ループする、というか。以前からずっとビートは自分で思いついてきたんだけど、これまでに何曲かで、コール・M.G.N.が洗練された、非常にナイスで凝ったビート・メイクをやってくれて。ただ今回に関してはほんと、自力でやったし(笑)、おかげで遊び戯れるような性質が備わったんじゃないかと思う。ビート作りは長いことやってきたし、自分の初期の作品では多く用いてきた。でも、パーカッション奏者と一緒に作るようになって以来、私の作ったビートを彼らにもっと巧みに処理してもらうようになって。ただ、今回いくつかのトラックでは、レコーディングをやっている間は自分でも求めていたのに気づいていなかった要素、フィル等を自分でプラスしていった。例えば「Evening Mood」や「Spinning」でね。「Sun Girl」ではベス(エリザベス・グッドフェロー)が一部でドラムを叩いてくれてるんだけど、非常にこう、コラージュしてまとめたもの、というか。ドラム・プログラミングをたくさん用いたし、今回自分のビート・メイクという意味で大きい曲と言えば、あの曲なのは間違いない。私の念頭には“リズミックなものを”という思いがあって、それにドラム・マシーン的な、非常にプロセスされた音色を持たせたい、というのもあった。それをあれこれ指示を出すよりも、自分自身でやってしまう方が良い結果を生む、ってこともたまにあるし。というのも、私は抽象的な、分散したビートを求めていたから。

Translated by Mariko Sakamoto

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