ジュリア・ホルターが語る官能的サウンドの裏側、『ポニョ』から学んだ愛と変容の旅路

『ポニョ』から学んだ愛と変容の旅路

─ちなみに、今作は制作にあたって、娘さんが大好きなジブリ映画『崖の上のポニョ』にインスパイアされたと聞きましたが。

ホルター:(笑)ええ、そう。

─あの映画のカラフルな色彩感覚やアイデアに満ちた実験精神に加えて、生と死のはざまの世界を描いたような物語は、先ほども話に出た「身体性」、あるいは「Evening Mood」や「Materia」で描かれている「官能」や「肉体」といった今作のテーマと深いところで響き合っているように感じられます。

ホルター:そうだな、簡単に説明するには、まずざっと要約して、その上でいくつか突っ込んで話すのがいいかな。基本的には……子供の頃に、ディズニーの『リトル・マーメイド』を観てね。あれは子供時代の自分にとって本当に大きくて、ものすごく好きな映画だった(笑)。で、たぶん『崖の上のポニョ』も同じようなストーリーをベースにしていると思うんだけど、ただ、キャラクターとしては、私はポニョの方にもっとインスパイアされる、と。もちろん、2008年頃に公開された映画だから、私は子供としてあの作品を観ることはなかった。けれどもあの、“変身”の物語が好きでね。魚から人間に変身する、彼女は魚から子供に変わる、という。で、どういうわけか、私はこのレコードでは、その“流動性”に興味があって。レコードを作っていた当時、妊娠していたし、そうしたことを考えて……それに、COVIDもあった。だから多くの変化が起きていた時期だったし、人々も自分の身体にもっとフォーカスするようになり、また他者の身体から切り離されてもいた――ウィルスのせいでね。その一方で、私は妊娠に伴う身体的な変化も経験していたし(笑)、あれは初体験者にとってはかなり強烈だった。それでたぶん、私の頭に“トランスフォーメイション”が入り込んだんだろうし、その意味で『ポニョ』と関連があるんじゃないかと。



─なるほど。

ホルター:それに、“死する運命”というのもあった。今の質問で、あなたが「生と死のはざま」と言ったのはとてもいいな。というのも、生と死はこのレコードの大きな部分を占めていると思うから。作っていた間に娘の誕生を迎え、そして、まだ若かった甥の死と向き合うことになった。だから……そのふたつは隣り合わせというか、新たな生命が生まれるたび、一方で死も訪れる、みたいな。私たちみんないずれ死ぬわけだけど、特に、多くの愛情を傾けていた人が亡くなった時に感じる痛みやつらさというのがあって……。まあ、それはともかく、私は身体のことを、人生を経ていくなかで、そして死に至るなかで変容するものとして考えていた。人生を変えるもの/出来事の数々を通じての変化、と身体を捉えていた。

それから、“私たちが愛をどう変容させるか”についても考えた。私たちは自分たち自身の理解に取り組んでいるし、そうするうちに私たちも変化する、というか。例えば、自分の昔のレコードで私が対処していたのは、“遠くからひそかに憧れる”愛や、“あなたが誰かを追いかけ/誰かがあなたを追いかける”型のロマンチックな愛だったんじゃないかと思う。もちろん、私はロマンチックな愛にとても興味があるし、それも私の全体の一部なんだけれども、なんというか、長期的な愛に備わった“深さ”というか……これはたぶん、歳を取ったのも関わっているんだろうな――ほら、友情にしたって同じで、本当に長い付き合いの人たちとの関係って、何につけてもヘヴィになっていくものじゃない? だから、相手を長く知っていればいるほど、彼らとの関係に強烈さが加わっていく、みたいな。その相手が友人であれ、恋人/パートナーであれ……それに、自分の子供であれ(笑)、自分の母親であれ。とにかく、深い愛についてもっと知るようになる、そういうことだと思う。だから今の自分は、古風な“ひとりでひっそり慕う”愛、吟遊詩人的な愛だけではなく、深い愛についてもっと学んでいる、そんな気がする。私は大昔の中世の音楽にとても興味があったし、それは今も同様で。で、そうした中世の世俗音楽の類いには吟遊詩人がよく登場して、例えば“一度お会いしただけの淑女に捧げる頌歌”とか、彼女の面影をどれだけ慕っているか、みたいなノリで。

─(笑)。

ホルター:(笑)でも、私はそれって本当にロマンチックだなぁ!と思った。ただ、年齢を重ね、もっと学んでいくうちに、愛はそれよりはるかに大きいもの、ロマンチックな愛の歌以上のものだと分かってきた、みたいな。とにかく、そうしたことすべてが関わっているんだと思う。

─長期的な愛情は維持するのに努力が必要ですし、樹を育てるようなものですよね。大変だけれども、そのぶん最終的には素晴らしいものが生まれるのではないでしょうか。

ホルター:なるほど。

─対して、ロマンチックな愛は、エキサイティングな花火に少し似ているかもしれません。

ホルター:(笑)ああ、うん。

─「素敵!」と夢中になっても、時に、長続きしないこともあるかと。

ホルター:(苦笑)ええ、長続きしない、というケースもある。


Photo by Camille Blake

─月並みな質問で恐縮ですが、出産を経験したこと、あるいは母親になったことはアーティストとしての自分をどう変え、また自分が作る音楽にどんな変化や影響を与えたと感じていますか。

ホルター:ああ、そこはまだ、自分でも見極めようとしているところじゃないかと。あの経験がアーティストとしての自分を大きく、深いレベルで変えた、ということはないと思うけれども、ひとりの人間として言えば、今、自分自身についてもっと学んでいると思う。というのも……(苦笑)例えば、自分は注意力散漫だな、とか。フフフフフッ! 親になると、とにかく秩序立った生活をする必要があるし、どういう風に仕事し、パートナーと時間分担するか、そして子供のそばにいてあげて、サポートし、その場で集中して向き合う、そういった数々の術を学ばなくちゃならない。で、それらをやるのは、自分のようにちょっと元気の良過ぎるアーティスト/パーソナリティ(苦笑)にとっては楽じゃない、というところもあって……いや、楽じゃない、というのとは違うな。それよりも、時にそれらは課題になるってことだし、ただし、自分にとっては本当に良い意味での課題だ、と。それに、積極的にやりたい事柄でもある。私は愛情でいっぱいの人間だから。つまり、それは何も悪いことではないし、本当に歓迎すべき良いことであって。ただ、どうしたって私の作品を何らかの形で変えていくだろう、それは間違いないと思うけど、自分がその変化を完全に、100パーセント意識しながら、ということはないだろうな。

─分かりました。そろそろ時間ですので、終わらせていただきます。ありがとうございました!

ホルター:こちらこそ、本当にありがとう! バーイ!




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Translated by Mariko Sakamoto

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