サブスク時代を先取りしていた大滝詠一『EACH TIME』、評論家・能地祐子と読み解く

1969年のドラッグレース / 大滝詠一

田家:この曲は今、あらためてどんなふうに思われますか?

能地:ロックンロールタイプのかっこいい系ですね。先週かかった「木の葉のスケッチ」みたいなああいうちょっと大人の。

田家:メランコリックな。

能地:ええ、感じもとても素敵なんですけど。

田家:見切り発車という言葉を使われましたけども、『EACH TIME』30周年盤の能地さんのライナーの中に“大滝詠一の歩みがこの曲によってより明確に不思議な円環を描くことになった“とありました。

能地:ちょっとまた大げさに書いちゃってすみません。トンチみたいなお話でお恥ずかしいんですけれど、要するに大滝さんって、はっぴいえんどを解散してソロになって『A LONG VACATION』を作って『EACH TIME』を作ったわけじゃないですか。ロンバケでは先週もお話ししたように中学時代のルーツ・ミュージックに立ち返り、『EACH TIME』では高校時代のルーツに立ち返り、そしてその中に入っているこの曲は、はっぴいえんどを始める時の話だと言われてますよね。そういうはっぴいえんど結成前夜の話が出てくることで、また振り出しに戻るというかぐるぐる話が繋がっていくみたいな感じがしたんですね。

田家:松本さんがこの曲は大滝さんに対しての個人的な手紙なんだという話をされてましたよね。

能地:今考えると、はっぴいえんどの解散からまだ10年ぐらいしか経ってない時代の曲になるんですよね。そう思うと、前に聴いたときは松本さんと大滝さんにしかわからない古い話をされているイメージがあったんですけど、印象がまた変わってくるというか。

田家:ご主人の萩原健太さんは『はっぴいえんど伝説』という名著を書かれている。こんなにはっぴいえんどが神格化される前にはっぴいえんど研究の道筋をつけた。あれは1984年だかに出ている本ですからね。あれではっぴいえんどはこういうバンドとして聴き直さなければいけないんだと思った人たちがたくさんいたと思うんですよね。

能地:こういう曲調ではっぴいえんどのことを歌うっていうのは松本さんと大滝さんにしかできないことですよね。お2人にしかわからないワードがたくさん隠されている。

田家:この話は来週湯浅さんにお訊きしようと思うんですけども、はっぴいえんどを解散した後の大滝さん。ナイアガラ時代は松本隆の色を消すための時間だったと。これは大滝さんがご自分でインタビューの中でお話をされていますけどね。

能地:そのあたりも湯浅さんが当時を見ていたので、詳しいのではないかと思いますけれど。

田家:ナイアガラの作品の中にあるドライな遊び心みたいなものははっぴいえんどにはあまりないですよね。はっぴいえんどはウェットだったという話があって。そのウェットさが松本さんの言葉によるところが多かったと。そういうナイアガラでの時間を経て、ロンバケで松本さんと再び再会した。このアルバム『EACH TIME]』は大滝さんが最初で最後の松本隆との合作だとお話をされていますもんね。

能地:この曲を聴くと、例えば未来は過去になり、10年後、20年後の松本さんと大滝さんというのを想像させる曲のように私はどうも感じてしまうんですけどね。

田家:数奇な運命のアルバムというふうに『EACH TIME』を例えられましたけど、はっぴいえんどの4人自体が数奇な円環の中にありましたよね。

能地:そうですね。はっぴいえんどの話はテーマが大きすぎて私も何を言っていいのか、思い入れもみなさんそれぞれにあるグループなので語るのは難しいですが。

田家:萩原健太さんのはっぴいえんどへの想い入れは能地さんはどうご覧になってるんでしょう?

能地:やっぱり彼の人生を変えたグループでしょうね。ただ、私も実は初めて聴いた日本語のレコードが、はっぴいえんどの『風街ろまん』で。たまたま父が持っていて、小学校2年生のときに聴いたんですよ。萩原健太なんかは学生時代、一番多感な音楽好きな頃に出会っていますし、私は物心ついて最初に聴いたのがはっぴいえんどだったりとか。聴く年齢とか時代によって印象はいろいろ違うとは思うんですけども。

田家:それが今の若い人たち、サブスク世代の人たちに繋がっているわけでしょう。

能地:そうですね。今、サブスク世代の人たちも今はっぴいえんどに出会って人生変わったって人たちもすごくいっぱいいるじゃないですか。すごいですよね。簡単には説明できないバンドですね。

田家:数奇な円環。今回の『EACH TIME』を能地さんは水のようなアルバムというふうに例えられましたが、この曲をお聴きいただきます。9曲目「ガラス壜の中の船」。

ガラス壜の中の船 / 大滝詠一

田家:もう先週も今週も何度も話に出ている曲順。これもそういう1曲ですよね。オリジナルのときはさっきの「1969年のドラッグレース」の次の7曲目に入っていて、1989年盤ではカットされていた。この曲と「魔法の瞳」がカットされて、「Bachelor Girl」と「フィヨルドの少女」が入った。

能地:印象が随分違いますよね。

田家:20周年盤も今回も「1969年のドラッグレース」の後に入っていて。でも、なんと言っても曲順でびっくりしたのが1989年盤ですよね。1曲目が「1969年のドラッグレース」。

能地:どの曲順も言われてみればなるほどな、みたいな感じで。やっぱり耳で聴く短編小説集で、曲順で印象が違う。例えば今若い人が自分のプレイリストで好きな曲順で並べたらどんなふうにするのかなとか、そんな興味も湧いてきますけども。

田家:「1969年のドラッグレース」が1曲目だった心はなんだったんだろうと。というのは、松本さんからこのアルバムの話を伺ったことがあって。「1969年のドラッグレース」はお互いの人生というふうに言っていたんですよ。ガソリンというのは才能で道というのは人生のことなんだよと。お互いがこのアルバムで全部出し尽くしたのではないか。それでまた別のところに行くんだという。

能地:実際、その後はコンビは組んでないわけですからね。

田家:で、「1969年のドラッグレース」を1曲目にした。大滝さんは何を考えたんだろうなと思ったり。

能地:やっぱりバンドの絆ってすごく特別じゃないですか。外から見ると決裂しているふうに見えても、それはお互いを想う敬愛の気持ちの究極だったり、誰にもわからない絆がバンドってあるなと想うんです。大滝さんと松本さんというのもソングライターコンビであり、バンドメイトであり。大滝さんもよく松本さんとの思い出のお話なんかもされるんですけども、最終的にはわからなかったですね。私のイメージでは『EACH TIME』っていうのは、見る角度によっては松本さんが歌詞という形で書いた小説か映画に対して大滝さんが音楽で映像をつけたみたいな、そういうイメージがあったりもするんですよね。

田家:それだけいろいろな聴き方ができるアルバムだと思っていただけると、この番組の意味があるかもしれない。アルバムの10曲目です。「ペパーミント・ブルー」。

Rolling Stone Japan 編集部

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