サブスク時代を先取りしていた大滝詠一『EACH TIME』、評論家・能地祐子と読み解く

ペパーミント・ブルー / 大滝詠一

田家:これはちょっと違いますね。

能地:そうなんです。イントロが最初オーケストレーションで始まっておなじみのイントロになるのですが、当時大滝さんがいくつか作っていたプロモーショナルバージョンみたいな、またいろいろあるんですよ。その中の1つが初お目見えになったもの。

田家:自分でプロモーション用の曲を全部作っていっちゃうんですもんね。

能地:そうなんですよ。だからバージョン違い研究家もナイアガラーにはたくさんいらっしゃるのですが、大滝さん自身がいちばんのバージョン違い研究家という感じで(笑)。

田家:自分で作れちゃうわけですもんね。そういうアーティスト、今他にいるかなと思ったりする一例でしょうね。

能地:世界一の大滝マニアが大滝さんご自身だったという(笑)。

田家:Disc3のセッションの中にこの曲が入っているんですね。

能地:ええ。これはバージョン違いというより、スタジオの中の雰囲気というか、ベーシックを録音している録音の雰囲気が味わえるディスクと言っていいのではないかと思うんですけれども。

田家:なるほどね、そういうスタジオの様子も録ってあるという1つの例であります。

魔法の瞳 / 大滝詠一

田家:この曲で思われることは?

能地:やっぱりソニー時代の大滝さんって、シンセサイザーの導入で、こういうサウンドとかってその前のコロムビア時代にはなかった感じなんです。大滝さんが友人の方からこれはYMOへの回答だろうって言われたそうなんです(笑)。言われてみればなるほど、新しい機材をいっぱい使ってこれでもかっていう効果音を入れて。やっぱり坂本龍一さんも福生スタジオに若い頃、学生時代に通っておられたりとか、新しい機械を使った遊びみたいなことも大好きで。だから、その指摘もあながち間違いではない。イエローサブマリン音頭ってありましたね。それと同じでちょっとクレイジー・キャッツ的な萩原哲晶さんの後継者としてのノベルティ・ソングのユーモアのある音の使い方というのも、これでもかという感じに入れているのが大滝さんらしい。

田家:さっきのインターネットについての発言も大滝さんはそういう新しいものに対して、とても好意的だった、受け入れる人なんだと思いました。

能地:そうですね。秋葉原は俺の庭みたいな感じで90年代はおっしゃっていて。マスタリングした新しい音を聴くとわかるように、当時のマスタリング技術ではちゃんと再生できなかった音が技術の進化でちゃんと再生できるようになったりしているじゃないですか。そういうことを考えても新しいものへの意欲というのは、例えば坂本龍一さんがニューヨークと東京でレコーディングをしたときに、じゃあ俺もやるぞって言って、福生と信濃町のソニースタジオを繋いで実験をされたりとか(笑)。新しいものは大好きでやってらっしゃった印象があります。

田家:スタジオの設計、ご自分でやるわけでしょう。新しい機材が何が出てきて、それを導入するとこういう音になるみたいなことも、彼の頭の中にあるわけですもんね。

能地:そうですね。もともとアーティストで自分のスタジオを作ったという人の先駆けなわけですもんね。大滝さんが。

田家:プライベート・スタジオですもんね。それが達郎さんに繋がっているということになるんでしょうけど。この「魔法の瞳」の今回のバージョンはそれがとてもいい形で出ているという曲ですね。

能地:電子音楽的なことってどんどん古くなっていくはずなのに、これまたなんか全然新しい感じがするというか、今のサウンドって感じがしますもんね。

Rolling Stone Japan 編集部

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