石川さゆりが語る、若者や世界に伝えたい日本の音楽「民謡はロックと対峙しても揺るがない」

日本古来から歌い継がれてきた民謡を収録したアルバム『民~Tami~』をリリースした石川さゆり


―『民~Tami~』では布袋さんだけではなく、民謡界のプレイヤー以外の現代のプレイヤー、和楽以外の現代楽器による演奏が多くを占めています。立川談志師匠は“古典に現代の風を”と言っていて、古典芸能に成り下がって落語を蘇生させました。同じような目論見がさゆりさんにもあったのでは?

今っておじいちゃんやおばあちゃんの話を聞くことってないじゃない?だから、日本にはこんな素敵なしきたりがあったとか、こんなに過酷な労働があったとか、でもそれがあったからこんな喜びもあったんだとか、そういうことをきちんとこどもに伝える人が居ないんですよ。そうなった時に、民謡という素敵な日本人の文化というのが身近にあって、それは、市井の人々が、労働中、祭り、お嫁に行く時の歌がいっぱいあって、それをこのまま消してしまうは良くないなって思ったんです。でもそう言いながらも、ファッションにしても私は今日も洋服だし、生活様式も、通信方法にしたってすべてが昔とは変わってきてるわけですよね。なのに、民謡は昔のまんま♪チョチョンがチョン♪といっていたままでは、自分たちの生活の中に取り入れられないんです。だから今のリズム、空気感、そういうものがきちんとセンスとしてブレンドしながら、でも中にある芯、日本人の暮らし、生きた証はそのままにしておく。そういう芯の部分を、私が〝いまびと〟って言っている今の人、これから生きていく人たちに伝えたいの。

—なるほど。

あと海外の人にも民謡という日本の生活・風土から生まれた音楽を伝えたかった。海外に行くと、ニューヨークの人たちなんて特にそうなんだけど、道を歩いてると「お前どっから来たんだ?」って話しかけてくる。そのときに「僕は〇〇から来てね」ってみんな自分の国の自慢話を嬉しそうにするんですよ。でも日本人ってなかなかそれがなくて。それと、私、海外に行くと必ず「この国の音楽はどれなんだろう?」って、その時一番ヒットしている音楽と、元々その国に根付いている音楽のCDを2枚3枚買ってくるようにしてるの。でも、今、外国の人がこれだけ大勢日本に来ていて「日本の音楽って何?」と思った時に、AKBもいいし、ジャニーズもいいんだけれども、「そうじゃない日本ってどこにあるの?」って聞かれた時に「これだよ」って薦められるものをきちんと伝えきれてない気がしていたの。

それをきちんと音にして伝えたかったの。47年、歌ってきて、そして今も一線で歌わせていただいてる石川は、みなさんに対しての感謝をこうやって音楽にして〝いまびと〟と日本に来た人たちに向けて、「これが日本の音楽ですよ」って作っておくことが、新曲を作ることと同じくらい大切なことかなと思ってやりました。

―外国の人も意識したとなると、歌詞の意味が伝わらないだけに、歌う時に民謡独特の擬態・擬声音を意識したりしたんでしょうか?

逆にそこは意識してないですね。歌の中で歌われている日本人の暮らしをもう一度整理して、のど自慢とかこぶし自慢じゃなく、みんなの暮らしの声として歌いました。本来こうやって歌っていたんだろうな、こういう意味なんだろうなっていうのをきちんと届けたいと思った。だから、歌の純度を上げていったの。その方が言葉を超えて海外の人にも何かが伝わるじゃないかなぁって。そうやって歌の中で謡われている生活や、人々の気持ちを極めたので新たな発見もあったのよ。

―例えば、どんな発見ですか?

「真室川音頭」ってこんな色っぽい歌だったんだとかね(笑)。なので、「真室川音頭」は色っぽさを出しています。そういうような作り方であって、海外の人に向けての技法的な工夫は特にないですね。ただ、民謡のことを知ならい人が聴いて「この民謡はどんな歌なの?」ってなった時のために「これはこういう歌なんですよ」っていう説明はあった方が親切かと思い、それぞれの曲の内容が歌詞の下に書いてあります。ところで、『民~Tami~』の中に気に入った曲はありました?



―矢野顕子さんがピアノを弾いている「津軽じょんがら節」は静かな曲ですが圧巻でした。

あれは本当の一発セッションだったのよ。

―そうだったんですね。どうりで緊張感に溢れた凛とした演奏で、最高でした。

そういうのってやっぱり伝わるんですよね。「津軽じょんがら節」は、矢野さんがピアノを弾き、上妻宏光さんが津軽三味線を弾いてくださっているんですけど、途中で手を入れてない。3人でスタジオに入り、そこで3人で行ったことのありのままの記録なのです。

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