サンタナを救った一曲、低迷期に大ヒットが誕生した感動秘話

カルロス・サンタナ、ロブ・トーマス、クライヴ・デイヴィス、その他「スムース」の制作の関係者たちが1999年のメガヒットの実現がいかに困難を極めることであったかを語る(Frank Micelotta/Getty Images)


6. 大ヒットとなる「スムース」

ランバーグ:
1999年5月にカルロスはニュージャージーのジャイアンツ・スタジアムでデイヴ・マシューズのライブのゲスト・アクトとしての出演のためウォームアップをしていて、私もそこにいた。サンタナはまだリリースされていない「スムース」を演奏することを決めていた。まだ誰もその曲を知らなかった。しかし、ロブが登場すると何万人ものオーディエンスがその曲が何かもわからないまま熱狂していたのを私は目の当たりにした。私はピートに言ったんだ。「みんなこの曲を何年も前から知っているかのように踊っている。この曲は大ヒットになる」ってね。ライブの後、ロブに「感じたか?」って聞いたら、彼は「何かがあるね」と言った。

サンタナ:クライヴがそれが大ヒットになることを確信させてくれたよ。彼がそう言ったのを覚えている。「これは大ヒットになる」ってね。ニュージャージーのあの場所でデイヴの前座をやっている時に大きなバナーを後ろに引いた飛行機が見えたんだ。「サンタナの夏」って書いてあった。俺は「わお」って驚いた。デイヴが俺に「クライヴは本当にあなたを愛しているね」って言ってたよ。

パルミーズ:5月に私はシングルのサンプル版をいろいろなラジオ局に送った。それが私たちが当時やっていた昔ながらのやり方だった。ストリーミングもShazamもなかったからね。そのCDには曲の名前だけでアーティストの名前も書かなかった。「スムース」と「謎のアーティスト」とだけ書いたんだ。番組のディレクターからの「サンタナ?冗談だろ?うちではもうかけられない」みたいな条件反射的な反応を避けたかったんだ。カルロスのギターはすごく特徴的だからわかる人もいたけどそれが狙いではなかったからね。

デイヴィス:それは初耳だ。

サーレティック:みんな50歳のギタリストを怖れていたんだ。

パルミーズ:段階を踏んで行かなければならなかった。初めはアダルト・コンテンポラリーとしてウケが良くてラジオ局は年齢が高めの層をターゲットにしていた。ミネアポリスとサンフランシスコの大人向けの局でかかり始め、それに続いて小規模のアダルト・コンテンポラリー系の局でそこそこかかるようになった。トップ40のポップスとしての扱いとしてはボストンのKISSが初めてトップ40系のラジオ局でこの曲をかけたんだ。それから様々なトップ40系の局でかかるようになった。6月の終わりか7月の始めまでには完全にポップ・ソングとして扱われるようになり始めていた。7月の終わりまでにはニューヨークのZ100、ロサンゼルスのKIIS、マイアミのY100がかけるようになり、そこから爆発し始めた。とてもワクワクしたよ。

サーレティック:この曲にはいくつものフックがある。Bメロがサビになってもいいし、サビはもちろんサビで、AメロのノリはAMラジオのエフェクトでリスナーを引き込む。今となってはみんな歌詞をネタにしているが「Man, it’s a hot one」は「一体どういう意味なんだ?」って思わせてくれた。才能のある作詞とすばらしいメロディー作り、そして、当時としてはおもしろいリズムとその上に乗った名人芸のギターのコンビネーション。ラジオでこんな曲は他にかかっていなかったね。

トーマス:アルバムの宣伝資料を見たけど、俺のことや俺の曲ってことは書かれていなかったからこれで何か自分に大きな影響があるとは思っていなかった。でも、ある時、ソーホーのウェスト・ブロードウェイの角に立っていると女の子ばかりが乗ったオープンカーが赤信号で俺の前に止まったんだけど、その車からは「スムース」が鳴り響いていたんだ。俺は妻に電話して「ハニー、『スムース』がシングルになったみたいだ」って言った。そうやって俺はそれを知ったんだ。ジェイソン(・ニューステッド)がまだメタリカにいた頃、ロサンゼルスでエレベーターから出てきた彼が俺のところに来て「ロブ、あのカルロスの曲めちゃくちゃ気に入ったよ」って言ってくれたんだ。メタリカの耳に届いているってことはただ事じゃないってわかるよね。

シャー:この曲が1位を獲得した時、私は「なんてことだ。これが現実なんて信じられない」と思った。1位はバックストリート・ボーイズとかだろうと思っていた。私が驚いたのはそこなんだ。カルロスはそういう世代にとっては年が行き過ぎていたからね。こんなことが現実になるとは思っていなかった。

トーマス:この曲は俺が書いた過去最高の曲でもなければカルロスの過去最高の曲でもない。でも、場合によってはタイミング次第ってこともあるんだ。あのアルバムには最高のタイミングだった。“ラテンの爆発”と呼ばれたものがそこにはあったんだ。ただそれはそのタイミングで起こる運命にあっただけで、俺は運良く誰もコントロールできないその瞬間に関われただけなんだ。ただ完璧なタイミングだったってだけだ。


Translated by Takayuki Matsumoto

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