ブルース・スプリングスティーンが語る音楽の力と米社会、亡き友との絆が遺した影響

「今みたいな状況じゃ、思ったことは迷わず口にすべきなんだよ。ためらったりせずにね」

『レター・トゥ・ユー』には、終末を感じさせる部分が確かに存在する。冬景色の中に佇む彼をカバーにした本作のタイトルが、アーティストとしてのアウトプットを総括する意味を含んでいることを彼は認めている。それは「自分の心が真実だと告げているあらゆるものを呼び起こそうとする」世界に向けた、彼からの手紙だった。彼は否定するかもしれないが、70年代に書かれた3曲にも今作に収録される必然性が宿っているように感じられる。

本作がEストリート・バンドとの最後のアルバムとなる可能性はあるのだろうか? 「彼がそう考えている可能性はあると思う」。ヴァン・ザントはそう話す。「誰かの死を目の当たりにするたびに、それは現実味を帯びていく。愛する誰かを失うかもしれず、その誰かもまた大切な人を亡くしてしまうかもしれない。このレコードが世に出る頃に、20万人くらいの人がそんな風に感じていたっておかしくない。そういう人々はこのアルバムにカタルシスを覚えるかもしれないし、文字通りの意味で受け止めるかもしれない。今みたいな状況じゃ、思ったことは迷わず口にすべきなんだよ。ためらったりせずにね。彼の本心については分からないけど、俺は別の意味があると思ってる。これが最後のアルバムになったら、その時はその時だよ。でももし再びレコードを作ることになったなら、いつものようにベストを尽くすまでさ」

スプリングスティーンは今後について、「明日のことは誰にも分からない」とだけ語っている。だが「ゴースト」のコーラスにおける「私は生きている」というシャウトには、彼の強い意志を感じ取ることができる。「俺はまだ進み続けるつもりだよ。最近のプロジェクトがキャリアを総括するようなものだってことは自覚しているけど、それはこれまでの自分の歩みを振り返ったに過ぎない。俺にはまだやるべきことがあるし、立ち止まるつもりはないよ」

彼は現在「数多くのプロジェクト」を水面下で進めており、複数の「幻のアルバム」や無数のアウトテイクのアーカイブ化はそのひとつだ(例えばワインバーグはここ3年で、過去の作品少なくとも40曲で「多種多様なスタイル」のドラムを重ね録りしたという。「平凡なアーティストなら絶対にボツにしないような曲ばかりさ」)。そのいくつかは『Tracks』のvol.2に収録される予定であり、他の楽曲も何かしらの形で発表されることになるという。「いい出来の作品がたくさん残ってるんだ」。そう話すスプリングスティーンは、過去の自身とのコラボレーションを大いに楽しんでいるという。「当時に戻った気分になれるんだ、いとも簡単にね。1980年や1985年、あるいは1970年の音源を聴くと、今の自分を反映させるためのスペースが残されてるように感じるんだ。どれも歌い方は違うんだけど、今の俺はどの声色も使いこなすことができる。その気になればね」

午後の日差しが和らぎ始めた頃、スプリングスティーンは立ち去ろうとする筆者の車が停めてあるところまで一緒に歩いてくれた。彼の後ろからは、ジャーマンシェパードのDusty (ダスティー・スプリングスティーンというわけだ)と小さなテリアのToastがついてくる。だが筆者が車に乗り込む直前に、気まぐれを起こした彼は筆者をスタジオに連れて行ってくれた。そこでは『レッキング・ボール』以降のアルバムのプロデュースを手がけているロン・アニエロと、エンジニアのRob Lebretが詳細不明のプロジェクトに取り組んでいた。譜面台に置かれている楽譜の上部には、聞いたことのない曲名が記されている。楽器が所狭しと並べられたその空間を指しながら、彼はこう言った。「これが『千のギターの館』さ」。ついでに見せてくれた隣接するガレージには、愛車のバイクや様々なヴィンテージカーが収まっていた。そのうちのひとつは彼の自伝の表紙に使われていたコルベットであり、つい最近彼の息子の1人がリノベーションによって当時の外観を再現してくれたという。

彼に頼まれ、アニエロがよく冷えたPatrónのボトルを空けた。腰を下ろした我々の目の前にあるスクリーンに映っているのは、トム・ジムニーが監督を務めた『レター・トゥー・ユー』の製作ドキュメンタリーだ。スプリングスティーンの長年に渡るコラボレーターである彼は、現在我々が座っている場所でカメラを回し、同作が生まれていく過程を印象的なモノクロ映像で描いた(「カメラマンが20人くらいいたんじゃないかな」。ワインバーグはそう話す)。スプリングスティーンによると、その映像の10分程度がアルバムのリリースと同時に公開される予定だという。

だが我々は、1時間30分に及ぶ本編を最後まで観た。スプリングスティーンは時折リモコンを手に取り、音量をMetLife Stadium級まで上げた。作品が進むにつれて、彼はテキーラで喉を潤し、誰かが飛ばしたジョークに笑い、時々映像に合わせて歌っていた。ブルース・スプリングスティーンがEストリート・バンドと共にレコードを生み出していく過程を本人のすぐ隣で追体験する、そんな午後のひと時だった。

映像を流し始める前、筆者とアニエロのグラスに酒を注いだスプリングスティーンは「ロックンロールに乾杯」と口にした。わずかな沈黙を挟んだ後、さらに彼はこう付け加えた。「今も生きてればの話だけどな」。笑い声を上げた彼と共に、我々はグラスを傾けた。

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from Rolling Stone US


<INFORMATION>


ブルース・スプリングスティーン『レター・トゥ・ユー』
Bruce Springsteen / Letter To You
ソニー・ミュージックジャパン インターナショナル
SICP-6359 2400円+税
発売中

収録曲
1. One Minute You’re Here / ワン・ミニット・ユア・ヒア
2. Letter To You / レター・トゥ・ユー
3. Burnin’ Train / バーニン・トレイン
4. Janey Needs A Shooter / ジェイニー・ニーズ・ア・シューター
5. Last Man Standing / ラスト・マン・スタンディング
6. The Power Of Prayer / ザ・パワー・オブ・プレイヤー
7. House Of A Thousand Guitars / ハウス・オブ・ア・サウザンド・ギターズ
8. Rainmaker / レインメイカー
9. If I Was The Priest / イフ・アイ・ワズ・ザ・プリースト
10. Ghosts / ゴースツ
11. Song For Orphans / ソング・フォー・オーファンズ
12. I’ll See You In My Dreams / アイル・シー・ユー・イン・マイ・ドリームズ

【リンク】
日本公式:http://www.sonymusic.co.jp/artist/BruceSpringsteen/
日本公式Facebook:https://www.facebook.com/BruceSpringsteenJapan
アーティスト公式:https://brucespringsteen.net/

Translated by Masaaki Yoshida

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