マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン『Isn't Anything』 ケヴィンが明かすシューゲイザー革命の裏側

レコーディング・プロセスの真相

ーレコーディングの時間自体はわりと短時間で済んだと伺っています。

ケヴィン:うん。

ー『loveless』が膨大な時間を要したのと対照的にも思えますが――

ケヴィン:その後は22年かかったし、次のアルバムは44年後かも(苦笑)。

ー(苦笑)ご冗談を。で、実際この2枚のアルバムではレコーディング時の環境、メンバーのコンディション、苦労の度合い、ゴールの設定は全く違うものだったんでしょうか?

ケヴィン:いや、大差なかったよ。さして違いはなかった。僕たちの暮らしぶりにせよ、日常にせよ、あの2枚の間では大体似たようなものだった。でも、思うに……要するに、スタジオでの作業がやや難しくなった、そういうことだろうね。どうしてかと言うと、『Isn’t Anything』を作った時、僕たちはかなりラッキーだったと思うんだ。あの作品で一緒に仕事した相手は全員良い連中だったし、その意味で自分たちは非常に運が良かった。ところが『loveless』がどうだったかと言えば、その面であんまり運に恵まれなかったっていう(苦笑)。だから、スタジオがちゃんとしていないと別のスタジオに移ったし、こっちを理解してくれない仕事相手(エンジニア等)がいたら代わりの人に来てもらったり……だからまあ、レコーディングのプロセスがそれまでに較べるとやや運の悪い、当たり外れの多いものになった(苦笑)。うん、自分としては「少し運が傾いた」、そう形容するな(苦笑)。ただ、ひとつ言えるのは――僕たちが実際にレコーディングをやっていた間、それはほぼすべて良い経験だったんだ。良い時間を過ごしたし、レコーディング環境も良くて、一緒に作業にあたってくれたのはみんな良い人たちだった。だから基本的に、僕たちが(『loveless』の)レコーディングのごく初期段階で決意したのがそれだったんだよね、「オーケイ、分かった。Creation Recordsや金銭面等々、たしかにいくつか問題がある。ただ、肝心なのは、自分たちの中に本当に良いレコードが潜んでいるってことなんだ」と。

要するに僕たちは、スタジオ内での問題他、いかなる外的要因も自分たちに一切影響しないようにしたんだ。スタジオで何か問題が起きたら、とにかくレコーディングはそこでストップ。別のスタジオを探し始めたり、色々と手を打った。だからまあ、僕たちは主に、音楽そのものを守ることに専念していたんだ。そうやって、自分たちが実際にレコーディングをおこなう場面では、何もかもが満足のいく良い状況であるように、確実にそうなるよう努めた。実際、そうだったしね。だから、僕たちが録音して残った音源、あれらはいずれも、良い雰囲気の中でレコーディングしたものだったよ。

ー運が良かった/悪かったの差こそあったものの、あの2作であなたの目指したゴールは基本的に「良いレコードを作ろう」であり、その意味では2作の間にあまり違いはなかった?

ケヴィン:そうだね。だから、僕たちとしては単に「次のアルバムを作るぞ」という思いだったし、実際、僕たちのやっていたのはそれだったわけで(笑)。ああ……だけど、失敗に終わったレコーディング・セッションを何度かやったことがあったんだ。1989年の始め、1月と5月だったと思う。あれらは完全にボツのセッションだったわけではなく、「Moon Song」と『Glider E.P.』収録の「Don’t Ask Why」はどちらもあのセッションから生まれたものだ。ただ、あの時点で僕たちはEPをすべて完成させてはいなかった、と。だから、『loveless』に取りかかり始めた時、「前回はちょっとしくじったな」という意識が自分たちの中にあったというか? というのも『Isn’t Anything』ではすべてうまくいったし、万事が好調。制作プロセスも楽だった。要するに、何もかもとてもすらすら運んだ、と。ところが『loveless』では――いや、『loveless』ではなくその前の、『Isn’t Anything』と『loveless』の間にやったセッションだな。1月に5日間スタジオに入り、そこでEPを録るはずだったのが、そうはいかなかった。4曲録ってミックスまでやったものの、とにかく自分たちは出来に満足できなかった。だからあれらは発表しなかったんだ。で、5月に再び5日ほどスタジオ入りし、そこで2曲録ったもののいい出来とは思えなかったし、セッションを2回やってもまだ良いEPが仕上がっていないぞ、と。

というわけで、自分が言いたいのは、要はあの時のセッションで初めてちょっとしくじってつまずいたようなものだったし、だから『loveless』に着手した時の僕たちは気を引き締め直し、良いレコーディングをやれる場/環境に改めてフォーカスした、という。だから、スタジオ内で何かトラブルが生じたら、そこで……レコーディング作業を一時停止し、何もかもが満足のいく良い状況になるまで待ち、その上で作業を再開する、と。それがあったからなんだよ、以前よりもっと時間がかかったのは。それに、『loveless』制作中に僕たちが一時的に奇妙な期間に陥った、というのもあったし。あれは1990年の夏だったな、3カ月くらいの間、僕たちはフィードバックをさんざん録音して実験し、フィードバックのためにあれこれこさえていた。そういった、頭がおかしくなっていたとまでは言わないけれども、確実にこう、エキセントリックになっていた期間は若干あったね。そうは言いつつ、あのレコードの大半は、かなりノーマルな流儀で録ったものだよ。僕たちはこれだというサウンドをモノにするのには時間を費やしたとはいえ、レコーディング作業そのもののほとんどは、非常にこう、のびのび本能的にやったものだった。大概は1、2テイクか3テイクくらいしか録らなかったし、それらを皆で聴き返して、「うん、2テイク目で決まり、これだ」みたいな。何も、“苦痛に満ちたつらいレコーディング・プロセス”ではなかったんだよ(苦笑)。だから、あれらの音源を実際にレコーディングしていた際の自分の記憶は良いものばかり、みたいな。ただ、あの期間、僕たちの周囲ではクレイジーな出来事がたくさん起きていた、それだけのことであって。

Translated by Mariko Sakamoto

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