エイドリアン・シャーウッドに学ぶレゲエ伝説、ホレス・アンディを輝かせたプロデュース術

『Midnight Rocker』の制作背景

―では改めて、『Midnight Rocker』がどういう経緯で実現したのか聞かせてください。

エイドリアン:ホレスのことは本当に長いこと知っていて、しょっちゅう色んな人に「一緒にやるべきだよ」って言われ続けてきた。彼の奥さんであるキャロラインと俺は、イギリスのハイ・ウィッカムという街で、一緒の学校に通っていた幼なじみなんだ。実際、ホレスと俺が一緒にレコードを作れるように、マッシヴ・アタックがオーガナイズに奔走してくれたこともあったけど、お互い色々あってそのときは実現しなかった。でもしばらくして、ジャー・シャカやジョニー・クラークのマネージャーでもあったニッキーに「ホレスと一緒にやりたい。すごく良いアイデアがいくつかあるんだ」って声を掛けたんだ。それで、ようやく4年ほど前に一緒にやり始めることになったんだよ。

だから、このアルバムはかなりの時間を掛けて制作したんだ。途中でロックダウンになって行き来が出来なくなったから、彼がジャマイカのスタジオで録音したファイルを送ったり、俺も自分の住んでいるラムズゲートで録音したものを送って……そういうやりとりを重ねながら作っていった。とても楽しい作業だったよ。この作品が実現するまでに本当に長い時間がかかったけど、“Good things come to those who wait(待てば海路の日和あり)”って言うじゃない? まさにその通りになった。うん、このフレーズが見出しにぴったりだな(笑)。



―(笑)ホレス・アンディの作品を手掛けるにあたって、どんな青写真を描いていましたか?

エイドリアン:青写真はとてもシンプルなものだったね。「Materialist」と「This Must Be Hell」という隠れた名曲が2つあったから、まずはこれを世に出すことが頭にあった。他の曲については、よい作曲家を抱えたプロダクションも色々あるけど、そういうところに依頼する代わりに、ジェブ・ロイ・ニコルズやリー・ケニーといった素晴らしい作曲家たちに曲を書いてもらうことができた。そこにスキップ・マクドナルドが、完璧なホーンのアレンジやハーモニーを担当してくれた。つまり、俺のやりたいことを完全に理解してくれる人たちがいたから、俺自身も自分が何を作りたかったのか道筋が明確になったんだ。

さらに友人が「マッシヴ・アタックの曲をやるべきじゃない?」って提案してくれて、「Safe From Harm」(『Blue Lines』収録)をやろうと思いついた。(同曲のオリジナルで歌っている)シャラ・ネルソンは元々On-U Soundからデビューした縁もあるからね。今回のバージョンでは、ダグ・ウィンビッシュが最高のベースを弾いてくれたし、ループじゃなくて生演奏でレコーディングできたのも良かった。このアルバムは、チームワークこそが鍵になる作品だと思うよ。




シャラ・ネルソンが1983年にOn-U Soundからリリースした「Aiming At Your Heart」

―ホレス・アンディの新たな代表作になると思います。今回のアルバムについて、オーセンシティという観点から解説してもらえますか?

エイドリアン:自分でこんなこと言うなんて信じられないけど、彼の最高傑作と言えるだろうね! ハハハハ、本気だよ。もちろん、俺たちは日々「今回のアルバムが過去最高傑作になるのは間違いない」って思いながら作品づくりをしているし、そう思えなくなったら潮時だと思う。以前、リー・ペリーと『Rainford』『Heavy Rain』(共に2019年)を作った時も、うわべだけリー・ペリーっぽいようなレコードは作りたくなかった。彼のキャリアを明確に定義づけるような完璧な作品を作りたいと思ったんだ。今回、ホレスがマイクの前に立った時、「なんてこった、これまでで最も素晴らしい歌声じゃないか!」って感動したんだよね。それが大きな原動力となって、とにかく集中して一枚の作品を作り上げることができたと思う。

ここまで充実した作品になった大きな理由のひとつが、じっくりと時間をかけて作ることができたところにあると思う。プロデューサーの多くは、金銭的な制約もあって、とにかく急いで仕上げなければとアーティストを急かす必要がある。でも、俺たちはそこまで焦る必要がなかった。ある意味では、新型コロナがその手助けをしてくれたところもあるね。物理的に急いで作ることができなくなったから。

このアルバムにはたくさんの愛と優しさと思いやりが詰まっている。俺は、このアルバムを表現するのに「オーセンティック」という言葉は使いたくない。ただ「Great」の一言に尽きると思う。もちろん、70年代から脈々と受け継がれているオーセンシティを感じることはできるだろうけど、同時にとても現代的なアルバムだと思うから。


「Try Love」はエイドリアン、ジェブ・ロイ・ニコルズ、ジョージ・オーバン(2022年死去)の作曲。『Midnight Rocker』にはガウディ、スキップ・マクドナルド、クルーシャル・トニー、アイタル・ホーンズ、スタイル・スコット(2014年死去)というOn-U Soundを代表する精鋭ミュージシャンが多数参加。

―では、「これまでのホレス・アンディの作品では聴くことができない、あなたならではのサウンド」があるとしたら、どんなところだと思いますか?

エイドリアン:これまでのホレスのレコードに関わってきたプロデューサーはみんな素晴らしいし、これまでのホレスの音楽があったからこそ、このアルバムがあるわけだし……難しいな。彼のこれまでの作品の延長にあることは間違いないんだけど。最高のミュージシャンがプレイしているし、70年代から受け継がれている彼の作品の良さは全部受け継がれている。ただ、とても現代的な作品だと思うね。このモダンな雰囲気は、これまでのホレスのレコードにはなかったかもしれないね。もちろん、どの曲もある意味ヴィンテージで、クラシックなホレスのサウンドを持っているんだけど、使っている技術が非常に現代的ということかもしれない。

例えば「Watch over Them」とか「Try Love」「This Must Be Hell」を聴いてもらえばわかると思うけど、歌い方にしろリズムにしろ、特に何かおかしな効果を使っているわけじゃないよね。俺がこれまで手掛けた作品で使ってきたようなサンプリングにも頼っていない。ただ、演奏が完璧であることだけに集中したんだ。ジョージ・オーバンにしてもそうだし……彼はずっと病を患っていて最近亡くなってしまったんだけど、素晴らしいベーシストで、(アーニー・スミスの)レゲエ作品『Country Mile』(2008年)でも弾いている。ジョージ・オーバンの遺作という意味でも、このアルバムは俺にとって特別な意味を持っている。彼がプレイしてくれた部分はもう何年も前にレコーディングしてあったんだけどね。ジョージ・オーバンとダグ・ウィンビッシュ、これ以上ない最高のベースプレーヤーを2人もフィーチャーしたアルバムはこれまでになかったんだから。


エイドリアン:このアルバムはクラシックなスピリットとともにレコーディングされ、それをホレスがひとつにまとめてくれた。そこにキラキラとしたプロダクション面での要素がプラスされて、ひとつの作品としての輝きを放つものになったんだ。その過程は、決して簡単なものではなかったけどね。ここにマエストロのガウディが加わって……このあとに『Midnight Rocker』のダブ・バージョンがリリースされるんだけど、まだまだ続きがあるっていうね(笑)。とにかく、このアルバムは、レゲエのトラディショナルな歌唱スタイルとホレスの歴史のすべてが詰まっている上に、現代のものとしてアップデートされている。ここ数年でリリースされたモダン・レゲエ作品のなかでも頂点と言えるだろうね。

Translated by Tomomi Hasegawa

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