ボブ・ディラン『ブロンド・オン・ブロンド』革命的2枚組とロック名作が競い合う1966年

 
スモーキー・ロビンソンの影響

『ブロンド・オン・ブロンド』は、怒号が飛び交うツアーの合間に制作された。客席には、エレクトリックを導入したロックンロールの新曲に対して怒りのブーイングを放つフォーク時代のファンも多く、ニューヨークのフォレストヒルズでは「リンゴ(・スター)はどこだ?」などというヤジも飛んだ。「曲が生きるのは、人々が耳を傾けるラジオかレコードの上でしかない」とディランは、当時のフォレストヒルズでのコンサート直後に語っている。「ザ・ステイプル・シンガーズやスモーキー(・ロビンソン)&ザ・ミラクルズ、マーサ&ザ・バンデラスを聴くべきだ。多くの人は尻込みする。セックスが表現されているからね。包み隠さずに現実を語っているのさ」

同じ頃、オーストラリアの記者が「お金を稼ぎに来たのですか?」と意地の悪い質問を投げかけた。ディランは「そうさ」と答えた。『ブロンド・オン・ブロンド』には、全体的にディラン流の辛辣なウィットが流れている(1966年4月にシドニーで行われた記者会見は傑作だった。質問:“最も大きな望みは何ですか?” ディラン:“肉切り屋になりたい” 質問:“もっと細かく説明していただけますか?” ディラン:“肉の大きな塊をもっと細かく切るのさ”)。1965年11月にディランは、サラ・ラウンズと密かに入籍していた。ディランは私生活を守ろうとするあまり、ぶっきらぼうで偏執的な面が目立つようになった。特に1966年1月に長男が生まれてからは顕著だった。『ブロンド・オン・ブロンド』には“君はたまたま居合わせただけ、ただそれだけのこと”、“皆が帰って二人きりだが、僕が最後まで残りたくないのはわかるだろう”など、彼の最もウィットに富んだ辛辣な言葉が並ぶ。この男は、肉の大きな塊をバッサリと切っていたのだ。



『ブロンド・オン・ブロンド』用に新たに用意した楽曲は、従来のディラン作品とは全く異なり、アルバム全体を通じてスモーキー・ロビンソンをはじめとするモータウンの影響が感じられる。『追憶のハイウェイ61』と『ブロンド・オン・ブロンド』を立て続けに聴いてみると、後者にスモーキーの影響がはっきりとわかるはずだ。ディランは、スモーキー調の歌詞にブルーズのメロディーを巧みに絡ませている。『追憶のハイウェイ61』は、全体的にフォークの四行詩だと言える。コーラスが印象的な最初の2曲とブリッジに特徴のある「やせっぽちのバラッド」以外は、四行詩の繰り返しだ。一方でわずか数カ月後にリリースされた『ブロンド・オン・ブロンド』は、曲の構成が完全に変わっている。ミドルエイト、コーラス、フックといった構成に、ディランがパロディーの領域にまで高めたスモーキー調の韻を踏んだ歌詞が乗る。「アイ・ウォント・ユー」と「我が道を行く」は明確にスモーキーを意識した楽曲で、モータウン・スタイルのパーカッションを使ったフックからコーラスへと続く。モータウン効果のおかげで「アイ・ウォント・ユー」は、トップ20ヒットとなった。



「女の如く」は紛れもないディラン流のバラード曲だが、韻律はスモーキー調を踏襲している。コーラス後のアコースティックギターによるフィルやブリッジは、前作『追憶のハイウェイ61』にはない手法だ。当時ラジオでかかっていたミラクルズの「ザ・トラックス・オブ・マイ・ティアーズ」や「マイ・ガール・ハズ・ゴーン」の影響を受けたのは間違いない(その後リリースされた1981年のシングル曲「ハート・オブ・マイン」や2009年の「アイ・フィール・ア・チェンジ・カミン・オン」からも、スモーキー・ロビンソンの影響が色濃く感じられる)。しかしディランにとって『ブロンド・オン・ブロンド』のトリッキーで込み入った曲構成は、イメージが交錯して混沌としつつ言葉に酔って荒れ狂う心理状態を表現するための、ひとつの方法にすぎない。




感情的には異なる視点から描かれているが、「アイ・ウォント・ユー」と「ジョアンナのヴィジョン」でディランは、優れた歌唱力を発揮している。「アイ・ウォント・ユー」のボーカルは、まるでチャック・ベリーのリズムギターのように軽快に跳ねている。歌詞の末尾が次の歌詞の頭にかぶるような作りで、“彼が嘘をついたから、彼が君をドライブに連れ出したから、俺は彼に辛く当たった。あぁ、タイム・イズ・オン・マイ・サイド……時が味方してくれる。アイ・ウォント・ユー!”というクライマックスへと続く。オリジナルのモノ・ミックスではシングル同様、韻を踏もうと焦ってフライングした「あぁ」の部分はカットされている。しかし編集された部分にこそ、曲が表現する心の痛みを際立たせるコミカルな演出効果がある。

「ジョアンナのヴィジョン」は、ディランが書いた最も薄気味悪い曲だと言えるだろう。彼がこれほど荒んだ感情を描いた作品は他にない。ディランが胸の中を走るヒートパイプが咳き込む音を聴きながら、寒々とした夜に震えている。ラジオからはカントリーソングがかすかに流れ、ルイーズを腕の中に抱きながらも心はジョアンナにある。「メンフィス・ブルース・アゲイン」では、ドラムのケニー・バトレーを中心とするバンドのサウンドが、ディランのリズムにリードされながら輝きを増している。裏通りでディランは、シェイクスピアがフランス人の女の子に話しかける姿を見かける(1966年3月にディランは本作品で「俺はシェイクスピアを見極めた」と宣言する。「乱心の女王と、アンフェタミンの効果による宇宙の心だ」)。ホンキートンクを踊るルーシーが“初舞台の女は、あなたが必要とするものを知っているだけ。でも私は、あなたの本当に欲しいものがわかる”と甘える。哀れな初舞台女優には、チャンスがないと告げることになるのだ。

Translated by Smokva Tokyo

 
 
 
 

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