ピンク・フロイド『狂気』50周年 制作背景とバンドの内情を生々しく語った秘蔵インタビュー

 
バンドと作品の「奇妙なバランス」

全員が同意するのは『狂気』のコンセプトが1971年、メイスンの邸宅で生まれたということだが、その詳細についてはぼんやりとしている。ウォーターズはミュージシャンとして生きることで受ける抑圧についての曲を書くアイディアを出したと記憶しているし、メイスンは全員でアイディアを発展させたと考えている。メンバー達がストレスの源についてアルバムの歌詞にする題材を話し合い、ウォーターズがメモを取った。彼らは死、旅、金、狂気など、“落ち込む要因”をリストアップしている。ウォーターズが1人でアルバムのすべての歌詞を書くのはこれが初めてであり、本作以降はそれが彼の仕事となった。

「俺は自分が歌詞を書くのが得意だとはあまり考えていないんだ」ギルモアは明かす。「で、ロジャーがそれをやりたがった。正直、ほっとした部分があったよ。ただそれと同時に、彼が歌詞を書いてバンドを牽引することになったからといって、バンドの音楽性を決定する立場になったわけではなかった。そんな部分で、我々の関係は常に緊張したものだったんだ」


1972年の来日公演会場で配布された幻の歌詞リーフレット『月の裏側-もろもろの 狂人達の為への作品-』(『狂気ー50周年記念SACDマルチ・ハイブリッド・エディション』特典)

ギルモアがメイン・ボーカリストでリード・ギタリストという『狂気』の主要パフォーマーでありながら、ソングライティング面での貢献が最小限だったことは、バンド内に維持しがたい奇妙なバランスの揺らぎをもたらし、トラブルを予感させる要因となった。

それにライトが加わり、哀愁を漂わせ、豊かなハーモニーを伴う「虚空のスキャット」と「アス・アンド・ゼム」を書いている(後者のメロディは当初1970年の映画『砂丘』のために書かれたものだった)。

「俺とロジャーの争いばかりが話題になってきたんだ」ギルモアは言う。「だからリックは少しばかり忘れられがちだった。彼は本来得るべき正当な評価を得ていないよ」

ピンク・フロイドの後年のアルバムではウォーターズの特異なボーカルが主軸となるが、『狂気』で彼は最後の2曲でのみ歌っている。「居心地が悪い状況に追い込まれたのを覚えているよ」ウォーターズは笑う。「デヴィッドとリックは俺がいかに歌が下手で音痴か、全力で主張してきた。リックが俺のベースをチューニングしなければならなかったなんて出鱈目を流したりもしたんだ」

「アルバムを聴いてもらえば、それが事実でないことが判るだろう」ウォーターズは続ける。「ボーカルや楽器の腕前が水準に達していないと指摘するのが、俺にバンドを乗っ取られないための彼らのやり方だったのかも知れない。俺が素晴らしい音程の素晴らしいシンガーだと言うつもりはないよ。それが足りないぶん、感情と個性を込めて歌っているんだ」


70年代前半のピンク・フロイド。左からリチャード・ライト、ニック・メイスン、ロジャー・ウォーターズ、デヴィッド・ギルモア(Photo by Hipgnosis/PinkFloyd Music LTD.)

バンドが『狂気』の初期バージョンをライブで演奏するようになったのは1972年で、その時点で大半のパートが出来上がっていた。最大の違いは、エレクトロニックなフリークアウト・ナンバー「走り回って」がなかったことだろう。その場所にはギターを中心としたジャム風味の「ザ・トラヴェル・シーケンス」があった。だが、ギルモアとウォーターズが当時最先端だったEMS SynthiAスーツケース・シンセサイザーを手にしたことで、「ザ・トラヴェル・シーケンス」はボツになった。

「あの小さな装置に、無限の興味深い可能性を感じたんだ」ギルモアは言う。「俺たちは常に電子音楽に興味を持っていた。3D的に聞こえる音を探すことに魅了されてきたんだよ。ラウドなバンドがロックな演奏しているのがステレオのスピーカーから噴き出すと、こんな領域のフィーリングを得ることが出来るんだ。それと、バンドが90メートルぐらい離れたところで演奏する距離感を出したかった」



「マネー」や「タイム」のように噛みついてくるナンバーを除けば、さまざまな浮かぶテクスチャーや忍び寄るテンポを擁する『狂気』はロック名盤の数々の中でも最も知覚的であり、最も本能的でないアルバムのひとつだ。「主治医に『自分の脈拍数よりも速くプレイしないように』と言われたよ」メイスンは語る。

それに対して、ギルモアの白熱のリード・ギターはハード・ロックの領域に踏み込むものだ。「パンチのあるロック・ギターなんだ」彼は頷きながら言う。「ステージでギターの音量を思い切り上げると、轟音に寄りかかって転倒することがない。なかなか止められないドラッグみたいなものだよ」


『狂気』50周年ボックス・セットと同時発売(ボックスから分売)された『狂気:ライヴ・アット・ウェンブリー1974』。アートワークはジョージ・ハーディーが1973年に手掛けたアルバム・ジャケットの原画を使用。

しばらくエンディングが欠けていた『狂気』だが、ある日ウォーターズが「狂気日食」を書いてきた。短めだが強大なパワーに溢れるこの曲は、祈祷のような反復から成るものだ。歌詞の最初の2行はアルバム1曲目「生命の息吹き」と共鳴する。

「君の触れるものすべて/君の見るものすべて」とウォーターズが歌うこの曲は、徐々に熱気を増していく。「この曲を創り上げるのにはかなり苦労したよ。少しずつ組み立てて、ハーモニーを加えたりね」ギルモアは語る。「取っかかりがないんだ。コーラスもないし、途中の転換もない。ずっとストレートな展開だよ。だから4行ごとぐらいに違ったことをやるようにしたんだ」

最後のステップはアルバム・ジャケットだった。ソーガソンは数種類のスケッチを用意している。その中には“マーヴェル・コミックス”のシルヴァー・サーファーが海辺にいる構図を実写化したデザインもあったが、バンド全員が三角プリズムを使ったアートワークをその場で選択した(ソーガソンによると「思想と野心」の象徴だという)。この図案は部分的に彼らのライト・ショーに対するトリビュートでもあった。今日では予算的に許されない話だろうが、バンドはソーガソンをエジプトに向かわせ、インテリア・アートのためピラミッドの写真を撮影させている。

Translated by Tomoyuki Yamazaki

 
 
 
 

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