SUGAが語る、Agust Dを通して見た「心の旅」、坂本龍一との対面

SUGAが掘り下げる「解放」という概念

SUGAは『D-DAY』全編を通じて<解放>という概念を掘り下げ、社会構造、胸の内の不安、それらを解き放つ自由をラップで模索している。だが同時に、音楽そのものや制作過程での心理状況、それ自体もある種の自由ではないか、とも提起している。

シングル「Haegeum」(韓国語で「規制解禁」の意。韓国の伝統的な弦楽器「奚琴」の名称でもある)の中で、彼はデジタル社会の過剰な消費に批判を掲げ、“みんな妬みつらみに目がくらみ/互いに足枷をはめあっていることに気づかない/情報の津波に呑まれるな”と言い放つ。だがフックの部分では、陰鬱なドリルビートにのって「立ち上がろう」と訴え、騒然とした音楽に身をゆだねて今を生き延びろとリスナーをけしかけているかのようだ。



トラウマ的な記憶の断片を保存する脳の部分、扁桃体に着想を得た物悲しいラップソング「AMYGDALA」でも、過去を悔やむ気持ちから自分を解放しよう、と呼びかける。ここでも彼は、人生でもっともつらかった時期を次から次へと鮮やかにラップで歌い上げ、これでもかと胸の内を明らかにしている。生後すぐに母親が心臓の手術を受けたこと。10代の時デリバリーのバイト中にバイクの事故に遭ったこと。「仕事中に電話に出たら、父親が肝臓がんになったと知らされた」こと。だがここでもやはり曲を作り、「いやな思い出」を引っ張り出して再構築することが、癒しのプロセスの助けになったという。ドキュメンタリー『Road to D-DAY』の中で本人も、「昔の最悪な思い出を振り返り、それをコントロールする術を学ぶのは、ある種の治療です」と語っている。



韓国の大邱で生まれ育ったSUGAは、K-POPアイドルを夢見るずっと前からラップとプロデュースを独学で学んだ。10代の頃は先日亡くなった坂本龍一のインストゥルメンタル曲からビートを抜き出してサンプリングの練習に励んだ。憧れの人との対面を果たし、アルバムの1曲「Snooze」で共演したSUGAにとって、『D-DAY』はひとつの節目だった。ちなみにこの曲では、韓国のインディロックバンドThe Roseのボーカル、ウソンもフィーチャリングされている。

ドキュメンタリー『Road to D-DAY』には、SUGAが坂本と初対面した時の様子も収められている。2人は作曲を始めたきっかけについて語り合い、坂本の「戦場のメリークリスマス」を順番にピアノで弾き合う。名曲の繊細なピアノコードや、坂本ならではの弦楽器アレンジが「Snooze」制作中のヒントになった。ドキュメンタリーの中で本人は心揺さぶるトリップホップのこの曲について、BTSで音楽に目覚めたすべての若手アーティストに捧げた曲だと坂本に語っている。「この曲でみんなに力を与えたかったんです。『つらいよね、でも大丈夫だ……転ぶのが怖くても僕が受け止めてあげる』とね」。ビルボート1位に輝いたBTSの「Life Goes On」でも見られた、リスナーに慰めの言葉をかけるSUGAの力量がここでも存分に発揮された形だ。ちなみに『D-DAY』には、「Life Goes On」をオルタナヒップホップ風に再解釈したバージョンが収録されている。

SUGAがBig Hit Entertainmentに入所したのは2010年。複雑な振り付けを覚えなくてもいいだろうと考えたからだ。それが今や、BTS時代を経て何でもこなすパフォーマーへと成長し、しなやかなダンスの動きも激しいラップもお手の物だ。最近ではギターの演奏も覚え、時折披露している。BTSメンバーで初めて単独ソロツアーを敢行し、4月26日の北米公演を皮切りに夏にはアジアを回る予定だが、ステージでの個人的な目標について語るSUGAは極端なまでに謙虚だ。「僕は1人のラッパーにすぎません」と本人。「自分を表現する最善の方法は何か、ずっと悩んでいました。でもギター演奏もそこまでひどくはありませんから、人前で披露してもたぶん気に入ってもらえるかなと思いました」



Translated by Akiko Kato

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