台湾のバンド・ゲシュタルト乙女が語る、なぜ日本語で歌を書くのか

何を残すべきか、もしくは残さない方がいいか

―オリジナル曲を書き始めた高校生の頃は、どういった心境を歌にしていたんですか?「友達にバレたくない」と思うものとは、どういうものだったのでしょう。

Mikan:人間関係とか、人と人の距離感とか。台湾では「敬語」という意識があんまりなくて、人と人の距離を言葉で表すことが難しい。日本語には「敬語」や「タメ口」があって、すぐに人と人の距離がわかるじゃないですか。自分の性格はちょっと心配性で、「自分が何かしたかな」みたいなことを考えちゃうタイプで。台湾ではこういうのを言葉でなんて表したらいいかわからないんですよね。高校で書いた曲は、ほぼこういう感じの歌詞だったんじゃないかなと思います。

―今は、どういう感情や出来事から歌詞にしたいものが湧いてきますか? もちろん曲によるとは思うんですけど。

Mikan:自分のネガティブな想いとか、本当に大事にしたいこととかを、凝縮して歌詞にしたい。想いという形がないものを曲や歌詞にしたいなとは常に思っています。

―新曲「窓」もそうですけど、ゲシュタルト乙女の音楽は「忘れる」「忘れない」というワードがよく出てきますよね。

Mikan:ああ、たしかにそうかも(笑)。無意識的に、何を残すべきか、もしくは残さない方がいいか、多分、生きていく中でずっと思っていて。何が自分にとっては大事なことで、何が一番心がけるべきことなのか、みたいなことをずっと思ってる。私はMBTI診断で「ENFP」っていう、楽観的で忘れっぽい性格というふうに出て当たってるなと思っていたんですけど(笑)。なるべく後悔もしたくない。どんな選択であっても結果に対して自分が納得できるようにしたい。何も無駄にしたくないし、「悲しいな」という想いに時間をかけなくない。だから何か大きな変動があってもすぐに立ち直れるような人なんじゃないかなとは自分で思います。



―ソングライターとして、そういった想いが中国語よりも日本語の方が表現しやすいという感覚があるのでしょうか。

Mikan:中国語は母国語だから、ぎこちないよね。ゲシュの歌詞は、特に新曲はそうだと思うんですけど、まっすぐ想いを伝えるようなものになっていて。中国語って全部見抜かれるような感じで、もし中国語で作っていたら、ちょっと恥ずかしいなあという気持ちがありますね。

―そうやって書いた曲が日本人に聴かれることに対しては、どういう気持ちですか?

Mikan:台湾のバンドとして意識して聴いてほしいなというのはあるんですね。でも台湾と日本とか関係なく、私1人として発信していきたいのはこんな音楽だよって、日本のリスナーに向けても、台湾のリスナーに向けても届けていきたいなと思います。

―Mikanさんの歌詞って、日本語に対して自由な発想を持っているからこそ、抽象的なことや形のない想いを日本語で表現するときに「そういう表現の仕方があるのか」と、新しい言い回しに出会わせてもらうようなことが多いんですよね。しかも抽象的なもののはずなのに「ああ、わかる」って想像も共感もできる。それが面白いし、Mikanさんの書く曲の魅力のひとつだなと思ってました。

Mikan:ありがとうございます!

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