金原ひとみが語る、初めて10代の目線で「青春小説」を書いた理由

「悲しみの類型化」

─玲奈は母親との精神的な繋がりを強く求めています。「パパに理解してもらえないのは『へー』て感じだけど、ママに理解してもらえないのは『心が半分焼け焦げた』みたいな感じ」という玲奈の言葉がとても切実です。

金原:「相手をどれだけ理解したいか」みたいなことって、相手によって設定が違うものだと思います。「この人とは、もっと深いところまで共有したい」と思う人もいれば、「この人とはこの程度の浅瀬でいいかな」と思う人もいる。玲奈にとって母親は前者の存在ですが、私自身は自分の母親との相互理解は浅いところで全く問題ない人です。もちろんそうでないとお互いに壊し合ってしまうという危機感もあったのですが。

でも、レナレナにとって母親は「もうちょっと深く分かり合えてもいいんじゃない?」と思う存在なんでしょうね。個人対個人として、自分が求めている深度と相手が求めている深度に差異があり、レナレナは全く絶望はしていないけど、そこはかとない断絶感を抱いている。

─それこそ玲奈と母親による容赦ない言葉の応酬は、物語前半の見せ場でもありますよね。自分の娘を「子ども扱い」しないユリの姿勢は個人的に好感が持てるのですが、金原さん自身、お子さんとの会話で気をつけていることとかありますか?

金原:私はユリほど容赦ない言葉はかけないです(笑)。ただ、娘が人間関係などで「どうなのかなあ」みたいに悩んでいたりすると、私は少し俯瞰した視点から意見を言うようにはしています。あとはおっしゃるように、子ども扱いしないこととか、個人対個人としての関係性を築いていこうと配慮はしています。血縁というものは大したものではなく、家族だからと言って特別な関係を築けるわけではないし、それよりもずっと大切な縁はあると、自分の生き様で示しているつもりです。そういうところはユリに近いですし、彼女は私にとってある意味では理想と言えます(笑)。

─「玲奈は私の特別な存在で、既に一つの概念として私の中に存在してる。だからあなたが死ぬことはあり得ない。肉体が滅んでも、決して死なない」という、母親の言葉がとても印象的です。

金原:うまく言えるか自信がないのですが、日本では「悲しみの類型化」みたいなものが結構強いなと思っています。人が死ぬと、お通夜にお葬式、こういう手順を踏んで火葬され、埋葬される、と決まりきった手順があるじゃないですか。そういう「人が死んだら悲しみ、厳かな空気の中で送り出すもの」という前提が、子供の頃から社会によって植え付けられている気がするんですよね。

フランスに住んでいたとき、みんながもっと「死」を自然に受容している感覚があって、それが結構衝撃的だったんです。「生きてるんだから、まあ死ぬよね」みたいな野生に近い捉え方をしているように感じられて。そこにあえて大きな「悲しみ」を見出さないようなところがある。人が死んだらこういう気持ちになるよね、みたいな押し付けがない状態で「死」と触れ合うと、意外とそんなに悲しくなかったりする場合もあるのではないかと思います。

─とても興味深いです。

金原:前にアニメ監督がインタビューで、「いろんな人が死んでいくけど、自分はもう葬式には行かない」みたいなことを話されていたんですよ。「あれ? そういえば最近会わねえな」みたいな、「あ、死んでたんだっけ?」みたいな緩い捉え方をしていると。要するに、その人の存在自体はすでに自分の中に内包されていて、死んでいるか生きているかは自分にとってそんなに大きな意味を持たないのだと。「死」に対するそういう個人的な受容の仕方がすごくいいなと思ったんです。

大人になれば、たとえ親友であっても年に一回か二回会うか会わないかくらいになってくるじゃないですか。生きているか死んでいるかにそこまでこだわる必要ないんじゃないかと。自分自身の存在も、自分の大切な人の中に概念として植え付けられて、肉体が滅んだとしても一緒に生きている気持ちになってもらえたらいいな、と思うんです。

─死を「悲劇的なもの」として考えてしまうから、「やっぱり死ぬのは怖い」とみんな感じるわけですよね。

金原:そう思います。死の受け止め方は人それぞれですし、誰もがいつか必ず死ぬわけですから、であればプライベートなものとして眺める方が、亡くなる側も残される側も、もっと自然な状態で受け止められるんじゃないかと思います。ずっと批判的だったのに、亡くなった途端あの人はいい人だった、みたいに評価を覆す人もどうかしていると思いますね。

─小説の中で、ユリが玲奈に、『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ)と『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(ブレイディみかこ)らしき本を薦めているシーンがありますよね。

金原:やっぱりわかりますか。

─金原さんは娘さんに本を薦めたりする?

金原:今おっしゃった2冊は娘に薦めましたし、ちょっと興味を持ってくれそうだなと思った本……例えば宇佐見りんさんの『推し、燃ゆ』とか、「これ、いいよ。推しの本だよ?」と薦めました。でも漫画すらもアプリで読んでいるようで、紙の本はあまり読まなくて。私は小学生の頃から小説の世界に浸っていたので、きっと同世代だったら仲良くなれなかったでしょうね。


Photo by Mitsuru Nishimura

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