金原ひとみが語る、初めて10代の目線で「青春小説」を書いた理由

現代における恋愛の価値

─娘さんとは恋愛の話もしますか?

金原:むしろ恋愛しているときはその話しかしないですね(笑)。

─(笑)。ミナミは「束縛癖」のある彼氏との関係で悩みます。玲奈の母親が「恋愛は批評するものではない」というように、その関係が正しいか正しくないかは当事者同士にしか分からない部分もある。とはいえ、保護責任の中にある子どもたちの恋愛を放任しておくわけにもいきませんよね。

金原:それは全くその通りなのですが、現代における恋愛の価値は、少しずつ変化してきている気がしています。ひと昔前は、恋愛至上主義的な考え方が主流だったと思うのですが、最近は社会に於いても個人の中でも恋愛が占める割合が少しずつ小さくなってきているように感じるんです。恋愛をしない人や、結婚をしない人も増えていますし、「恋愛なんだからしょうがない」みたいな考え方は、もはや古臭いと感じる人が増えてきている気がしますね。「恋愛離れ」というか、若い子たちは恋愛「だけ」に入れ込まないようになってきている。その辺、うまくバランスを取れる子が増えているのかもしれません。

─家族の概念や定義が変わってきたり、ジェンダーに対する偏見も少しずつ減ってきたりしたことで、「恋愛感情」「性愛」みたいなものの重要性が減ってきているというか、他のトピックと等価で考えるようになってきているのかもしれないですね。

金原:確かに。いろんな関係性、繋がりができやすくなってきたのも大きいのではないかと。それこそ、同じ趣味を持つ人と知り合う機会も以前より格段に増えていますし。そういう中で、恋愛の一体どこが特別なのかを考えていくと、おっしゃるように相対的なものでしかない。

─SNSが発達して、自分の好きなもの、趣味などで性別や国籍、年齢など関係なく人と繋がれるようになって、交友関係も若い世代になればなるほど多様化してきているのかもしれないですね。我々上の世代は「異性関係」というだけですぐ恋愛に結びつけてしまうから、そこでトラブルが生まれやすいのかなと今聞いていて思いました。

金原:本当にそうなんですよ。「男女の友情なんて存在しない」みたいなことを若い子に言ったりすると「ええ……?」みたいに引かれます。確かに自分が狭量な見方をしていたなと思わされることもたくさんあるし、その辺がすごくフラットになってきたなと変化を感じています。

─小説は、コロナが開けた少し未来の彼女たちの姿で終わります。これから数年後の世界はどうなっていると金原さんは考えますか?

金原:コロナ禍があったことで、みんなが意識的になった側面が色々ありましたよね。資本主義的なものに対する懐疑心もそうですし、「自分はこれからどう生きていったら良いのか?」という内面的な悩みもそう。それぞれが自分や身近にいる人たちの「死」を一瞬でも感じたことだけでも、大きな変化が起きる十分な要因でした。なので、よりソフィスティケイトされた人生というものを、みんなそれぞれがちょっとずつ志したんじゃないかと思っています。個々人の意識の「純度」が高い状態になっているし、小説もその前提に立つと、一段階クリアになった状態で書ける気がします。

生と死について、みんなが直面したこの状態を維持したまま社会が続いていけば良いと思うのですが、やはり「日常」が全てを覆い尽くし、元に戻っていってしまうのかなと思わざるを得ない部分もある。それでも学んだことはたくさんあって、それこそ最近はライブが完全に元どおりになってきたじゃないですか。そうすると、他人と肌が触れ合うくらいもみくちゃになるのって、本当に嫌だしめちゃくちゃ気持ち悪いことだったんだなということがよく分かったというか(笑)。それは、コロナ禍で知った教訓の一つだったなと思うんです。

─あははは。

金原:みんな、付き合いの飲み会をしなくなったりとか、そういうちょっとした意識の変化は確実にあったと思います。

─ちなみに、最近はどんな音楽を聴いていますか?

金原:最近はw.o.d.がすごく好きで。ライブがあると必ず行っています。あとはSPARK!!SOUND!!SHOW!!とか。どちらもフェスでたまたま見かけて「いいな」と思ってハマりました。娘に教えられて好きになったバンドとかもありますね。TOTALFATとか、私世代のバンドを勧められることもあって(笑)。この間、TOTALFATが出演する『CHARRRGE!』というSpotify主催のイベントへ行ったら、私も娘もそこに出ていたバックドロップシンデレラに恐怖と興味を抱いて。最近家でバクシンが流れる率が高いです。









─音楽以外では、何か最近感銘を受けたものはありました?

金原:是枝監督の『怪物』を先日観に行きました。同じ事象でも違う人の視点に立つとこれほどまでに違うんだ、ということをどれだけリアリティを持って描けるか、というのは私の中で非常に大きなテーマで、この十年くらいかけて書きながら考えてきたものだったので、『怪物』がああいう構成で作られているということ自体に大きな衝撃を受けました。一人称多視点というのは、私自身もよくやる手法なのですが、それが映像になった時のインパクトはすごいものがありました。まだ消化できないところもあるので、繰り返し観たいなと思っています。

基本的に毎日を粛々と生きているだけなので、特に目新しいトピックもそんなにないのですが(笑)、やはり定期的に行くライブやフェスが、私の中では息抜きにもなり生きがいにもなっています。

<INFORMATION>


『腹を空かせた勇者ども』
金原ひとみ
河出書房新社
発売中

私ら人生で一番エネルギー要る時期なのに。ハードモードな日常ちょっとえぐすぎん?ーー 陽キャ中学生レナレナが、「公然不倫」中の母と共に未来をひらく、知恵と勇気の爽快青春長篇。


Photo by Mitsuru Nishimura

金原ひとみ
1983年、東京都出身。2003年『蛇にピアス』ですばる文学賞。翌年、同作で芥川賞を受賞。2010年『トリップ・トラップ』で織田作之助賞受賞。2012年『マザーズ』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。2020年『アタラクシア』で渡辺淳一文学賞受賞。2021年『アンソーシャルディスタンス』で谷崎潤一郎賞受賞。2022年『ミーツ・ザ・ワールド』で柴田錬三郎賞を受賞。著書に『AMEBIC』『fishy』『パリの砂漠、東京の蜃気楼 』 等がある。現在『文學界』にて「YABUNONAKA」を連載中。

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