BREIMEN・高木祥太と鳥飼茜が語る、音楽と漫画の創作論

自分が自由で幸せであるために

鳥飼 私は、社会問題を描いていこうみたいな大きい動きをしているわけではなくて。自分が生きていて実際に接してきた友達の話や自分に起こった出来事について「なんでこんなことになったんだろう」って、「なんで」を考える方なんですよ。誰かが悲しんだ、傷ついた、苦しかったという時に、なんでそれが起きてしまったのかを分解していく。そうすると「不条理だな」みたいなことが残るんですよね。「救いたい」と言うと大袈裟だけど……手紙みたいな感じ。自分が物語を描いて何を救えるのかはわからないんですけど、私なりにそのことについて考えてみて、その結果を描いたというようなところが多くて。『サターンリターン』については、知ってる人の自殺があったり。まあ、生きていたらあるじゃないですか。「なんであの子はそんなふうにならざるを得なかったんだろう」って、やっぱり思うんですよね。

高木 うんうん。

鳥飼 その子だけじゃなくて、今後自分も含め、誰かが同じような立場に立たされることは全然あるから。さっき言ったように、持ち回りの話で。何かの事件というのはその人だけに起こった物語ではないんですよね。いいことも悪いことも持ち回りなんですよ。

高木 うんうんうん。

鳥飼 だから悪い事件が起きたら、それは次に自分の身に起こり得ることで、自分の知り合いの身にも起こり得ることで。巡ってくるから、巡ってくる前にいかに負担を減らせるかとか、そういうことを考えているんだと思うんです。

高木 バトンみたいなことですよね。負のバトンもそうだし、いいバトンもそうだし。

鳥飼 そうそう。どうやったら負がより軽くなるかということを……別に漫画で解決できないんですけどね。あとは『サターンリターン』でいうと、自分もいい大人の年齢になって、色々と持っているわけですよね。子どもとか、家族とか。お金、若さ、立場、評判……「持った」「持って嬉しかった」というものがなくなることってすごく怖いんですよね。その怖さにどうやったら抗えるか。どうやって目を瞑らずに怖さを持ったまま生きていこうかを考えた時に、「喪失」というテーマで描いてみるのはひとつの方法だなと思って。

高木 漫画という媒体を通して社会運動をしたいみたいなことではないのはすごく感じていて。鳥飼さんの漫画でいうと、「性差」とかのテーマはどういう話を描いても滲み出てしまうものだとわかるんですよ。

鳥飼 そうなんですよね。あえてテーマに取り上げるという感覚はそもそもそんなになくて。今は少なくなってきたけど、「女の人の生きづらさを主に描いてほしい」みたいなことをお願いされたりするんですよ。それは、「言われなくてもそうなっちゃいます」という感じに近くて。自分は何かを告発しようという気があるとかでもなく、ただ本当に、幸せで生きていたいんですよ。私は個人主義なんだけれども、私が幸せで自由だったらいいんです。だけどそれを邪魔してくるものがあるんですよね。誰かが自分に圧をかけてきたり、逆に言えば私も何かの圧をかけてしまっていることがあって。性別の話を描きたいというよりは、自分が女で生まれてきて、高校生以降くらいから「女に見えているからこうなんだな」みたいなことがどうしても増えてきて。「自由に楽しく生きたい」がテーマでやると、それになっちゃったというのが近いかなと思います。

高木 鳥飼さんは男性側の視点も描くじゃないですか。『先生の白い嘘』でも、性暴力をしている早藤くんが最後に壊れていく様を描くことによって、この人にも社会がそうさせている部分があるということを描く。そこもリアリストだなって思いました。そこは描かずに突っ放しちゃうやり方もあったと思うんですよ。

鳥飼 女性が受ける不条理みたいなことを描いたら、男性側のそれも描くというのは、もう本当に単純で、私は異性愛者なので私一人で幸せになれないんですよね。女性が女性から尊重されたいというのもあるんだけど、女性が男性からちゃんと尊重されて生きていけるようになりたいし、そう願った時に、男性側に何か不満とかがあると難しい。結局、自分らが自由で幸せにいようと思ったら、自分ら以外の人たちも自由で幸せじゃないと成立しないというか。「私はこうしたいんです」「僕はこうしたいんです」がパンってぶつかっちゃうから問題になるのであって、それがぶつからないで両立できる方法を……。

高木 そうですよね、わかります。

鳥飼 ですよね。ただそれだけのことじゃないですか。

高木 うん、そうです。

鳥飼 だから、その一歩としてまずは「こうしたいんですね?」「なんでなんですか?」「それはどうしてできてないんですかね?」ということを知りたいし、見たいし、見せたいというか。そういう感じでやっていたら、いろんな人(登場人物)が出てきたということなのかな。

高木 まったく同じで。俺も個人主義なんですけど、自分がこうしていたい、でも自分と違う考え方の人たちもいいと思える社会でないと自分のそれが成立しなくなっちゃう。個人主義だからこそ、相手のことをより知る必要があるんだと思うんですよね。

鳥飼 そうだと思う。「自分も我慢してるんだから、そっちも我慢すべきだ」という考え方の人もいるから。みんなが思い思いに好きなことをやっていたらむちゃくちゃなことになるぞ、という不安が強い人たちっていて、そういう人たちからすると何かを我慢することがデフォルトなんだよね。

高木 めちゃわかります。

鳥飼 それ私ずっと、すっごく謎なんですよ。なんで我慢する方法で解決すると思っちゃったんだろうって。そうなっちゃうと「自分はこうありたいんです」という人に対して、「自分は我慢してるのになんであいつは自由にしてるんだ」という怒りに変わっちゃう。それでぶつかっちゃうことがよく起こっているから。だから「その我慢してるものって何なんですか?」ということを拾いにいかなきゃいけないのかもしれないし、それはどっちにも義務があると思う。そういう意味で他人に興味を持っていくことしかないですよね。


『サターンリターン』第1話の1ページ目

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