スクエアプッシャーの音楽革命を総括 IDM〜ドリルン〜ジャズを横断する鬼才の「集大成」とは?

Photo by Caspar Stevens

スクエアプッシャー(Squarepusher)が最新アルバム『Dostrotime』を3月1日(金)に世界同時リリースする。電子音楽/IDMシーンの先鋭に立ち続ける鬼才の歩みと最新モードを、和田信一郎(s.h.i.)に解説してもらった。


スクエアプッシャーの最新アルバム『Dostrotime』はサブスク配信されない。トム・ジェンキンソン自身の言によれば、その理由は以下のようなものである。

◎時間とお金をかけてレコードを手に入れることで、その内容への関心が増すのではないか。

◎比例モデルで収入を計算するストリーミングサービスでは、あるアーティストの収入が他のアーティストの収入に影響されるので、リスナーの注目を集めるための気の滅入る競争にさらに邪悪な側面が加わる。

◎エクスペリメンタルな音楽は、人々に似たような音楽を聴くよう促すストリーミングのフォーマットと相性が悪い。

◎キャリアを継続するためには金銭的な見返りが必要だということを認識してほしい。

そうした意向から、今作はフィジカル(CDおよびレコード)または高音質ダウンロード音源のみの販売となる。こういう話だけ聞くと、今回のアルバムはとても実験的でマニア向けな内容なのかと思う人も多いだろう。しかし実際は真逆で、音そのものはスクエアプッシャー史上最もキャッチーかつパワフル。曲の並びも流麗で、各曲の配置に論理的な美しささえ感じられるアルバム構成は、全作品中屈指の仕上がりだ。「音楽シーンに強烈な一撃を見舞う問題作」というキャッチコピーがついているが、音のほうは全然「問題作」ではなく、直感的に良いと感じられる度合いはこれまででベストかもしれない。サブスク配信しても普通にヒットしうる傑作であり、入門編としても最適なアルバムだろう。


『Dostrotime』LPの展開写真

今作の音楽性を過去作で例えるなら、『Ultravisitor』の多彩で艶やかなエッセンスを、『Elektrac』(ショバリーダー・ワン名義)並みの分かりやすさ・親しみやすさ水準のもと、クラブミュージックの形式に落とし込んだという感じだろうか。サウンドの質感は前作『Be Up A Hello』(2020年)の延長線上だが、アルバム構成は格段にメリハリが効いていて、コンセプチュアルに洗練されているようにみえる。上物のアレンジには『All Night Chroma』(2019年:トム・ジェンキンソン作曲、ジェイムズ・マクヴィニー演奏)を経たからこその奥行きもある。こうした音楽性は、過去作の多彩なスタイルを一望することで理解しやすくなる部分も多い。その意味において、今作はスクエアプッシャーの集大成的なアルバムになっているようにも思われる。




過去作におけるスタイルの変遷

スクエアプッシャーというと、リチャード・D・ジェイムス(エイフェックス・ツイン)の強烈な後押しによりデビューしたことや、Warpに所属し続けている来歴から、一般的にはドリルンベースやIDMのイメージが強いと思われる。しかし、ミュージシャンとしての引き出しは非常に多く、ベースをはじめとした生楽器のプレイヤーとしても、DAWの使い手としても、卓越した技量とヴィジョンを備えている。

一般的なビートミュージックでは、ループするフレーズが短く凝縮されたものになりがちだが(もちろんそれだからこそ良い場合も多い)、優れた楽器奏者でもあるスクエアプッシャーは、微細な演奏ニュアンスやフレーズ構成力を活かして多彩な展開を作り上げ、長いスパンで流動的に保たれるミニマル感覚を描くことができる(1970年前後のマイルス・ディヴィスのように)。スクエアプッシャーの作品では、こうした生演奏/DAW感覚が様々な配合で組み合わされ、アルバムごとに異なる味わいをみせてきた。

スクエアプッシャーのアルバムを大まかにタイプ分けするならば、以下のようになると思われる。

 *

①ドリルンベース/IDMなど、定型BPM寄りのビートが効いているもの(広義のエレクトロニック路線)


『Hard Normal Daddy』(1997年)
『Selection Sixteen』(1999年)
『Do You Know Squarepusher』(2002年)
『Ufabulum』(2012年)
『Damogen Furies』(2015年)
『Be Up a Hello』(2020年)




②フリーでないジャズ寄り(フュージョン〜ジャズロック色が濃いもの)


『Hello Everything』(2006年)
『Just a Souvenir』(2008年)
『Solo Electric Bass 1』(2009年)
『Shobaleader One: d’Demonstrator』(2010年)
『Elektrac』(2017年:ショバリーダー・ワン名義)




③フリー寄り


『Music Is Rotted One Note』(1998年)




④複合/総合


『Feed Me Weird Things』(1996年)
『Go Plastic』(2001年)
『Ultravisitor』(2004年)



スクエアプッシャーの作品を発表順に聴いていくとよくわかるのだが、同じスタイルを続けることがほとんどない。例えば、名作との呼び声高い2ndアルバム『Hard Normal Daddy』でポップなドリルンベースを完成、最大の問題作とされる3rdアルバム『Music Is Rotted One Note』では生楽器の一人多重録音でフリージャズに接近、翌年の4thアルバム『Selection Sixteen』ではアシッドハウス寄りのストレートな作風に。

こうしたスタイルの変遷は「アルバムとアルバムの間である種の綱引きがおこなわれている」とも評され、「僕はどんなものを手にしたって、音楽が作れる」というパンク精神の発露にもなっている。それをフリージャズ寄りの展開のもとで(しかも全作品中屈指の美麗なメロディとともに)網羅したのが傑作『Ultravisitor』であり、直感的に乗りやすいエレクトロニック・ビートのもとで網羅したのが新譜『Dostrotime』なのだろう。そうした意味でも、今作は“最初に聴く一枚”として格好の内容になっているように思われる。

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