蘇州夜曲 / 渡辺はま子、霧島昇
田家：昭和15年6月発売。これは昭和を代表する1曲ですね。
刑部：これはその後も若い歌い手さんなんかでカバーされたり、今の若い方もこれを聴くと結構好きな方が多いんですよね。美しい曲だというようなことで選んでみました。「蘇州夜曲」ですから、蘇州を思って作曲していると思いがちなんですが、服部さんは昭和13年に中国大陸に慰問訪問団で行ったときに西湖というとても美しいところがあるんです。そこにボートを浮かべて乗ったときに見た美しい光景で生まれた曲です。だから曲先なんですね。曲があって、それに西條八十が蘇州をイメージして、こんな美しいメロディだからというので美しい情景を重ねていったということなんですね。
田家：蘇州は西條八十さんのイメージだったんだ。この「蘇州夜曲」も映画の曲だった？
刑部：これは映画『支那の夜』で李香蘭さんがお歌いになっていますね。
田家：「支那の夜」は渡辺はま子さんの代表曲ですが、コロムビア・レコードから出た4人のそれぞれの2枚組のアルバム『渡辺はま子の世界』は服部良一さんの曲だけではない、いろいろな人の曲も収められています。『渡辺はま子の世界』の中にテレサ・テンが歌っていた「何日君再来・ ホーリーチンツァイライ」がありました。
刑部：この曲も最初に歌ったのが渡辺はま子さんなんです。もともと渡辺はま子さんと松平晃さん。この2人がデュエットして出す予定で、2人吹き込んでいるんですね。渡辺さんと松平さんのソロのも吹き込んだんですけど、実際に発売されたのは渡辺さんのだけだったんですね。
田家：「何日君再来」という曲もいろいろなストーリーがあるので、これはもし興味のある方はお調べになるといいと思いますがCHAGE and ASKAがアジアに行ったとき、台湾でこの歌を歌ったときの台湾の人たちの反応すごかったですからね。涙を流して聴いていた。
刑部：現地の人たちにとって、非常に馴染み深い曲ですよね。
兵隊さんを思ったら / 渡辺はま子
田家：昭和16年2月発売。これは作曲が服部良一さんですね。
刑部：これ私最初聴いたとき、服部良一の作曲だと思わなかったですね。他の当時の売れっ子の作曲家が書いているような感じの曲なんですよ。言ってみれば服部さんの個性が全く感じられない、こういう曲も作っていたんだと知ってもらいたいなと思って選んでみたんですね。
田家：僕はこういう曲も軍歌と思っちゃったりするんですけど、軍歌に入るんですか？
刑部：これは戦時歌謡と呼んでいますね。
田家：軍歌と戦時歌謡とは違う？
刑部：違いますね。ただ一般的には総称としてみんな軍歌と呼んでいたんですけど、やはり軍歌は軍のために作られた、なになに部隊の歌とかですね。校歌とか社歌とか自治体歌を歌謡曲とは言わないじゃないですか。だから戦時歌謡というのは戦時中に突入して、その歌詞の内容が戦地だとか、あるいは国民をつなぐような戦争をテーマにしたようなドラマチックな曲調になってくるので、戦時中の歌謡曲ということで戦時歌謡という。当時のレコード・レーベルを見ても、非常にバラバラなんですよ。軍歌と書いてあるものはほとんどなくて、単なる流行歌と書かれているものや、愛国流行歌とか、時局歌とかバラバラなんですよね。
田家：先生が選ばれた『渡辺はま子』の世界のDisc2の後半は今の言葉をお借りすれば、戦時歌謡がほとんどですもんね。
刑部：多いですね。やっぱり渡辺はま子さんは中国大陸に慰問する機会も多かったですし、非常に積極的に戦地の兵隊だとかを応援するような曲をたくさん歌っていったんですね。そこは淡谷さんとの歌手としての生き方のスタンスとして大きく違うところですよね。
田家：これは今月の1つのテーマ、最終的なテーマというふうに言っていいかなと思ったりしているんですけど、僕は服部良一さんは軍歌は書かなかったと思っていたんです。それは実はどうだったんですか？
刑部：当時の一般的な戦時歌謡としては今聴いてもらった「兵隊さんを思ったら」ぐらいなんですよ。それ以外は題名とかは勇ましい、戦時歌謡なんですけど聴いてみるとセレナーデみたいな美しい曲だったり。それが服部さんの抵抗だったと思うんですね。軍部だとか内務省が喜ぶような曲は書かないよと。そういうものを注文してきても、私になるとこんな曲になっちゃうよみたいな。期待外れですよね。それから軍歌というのはさっき言った定義で言うと、全く作らなかったのかどうかということでは、渡辺はま子さんと終戦末期に中国大陸に行ったんですよ。渡辺はま子さんは後年、あなただって作ったわよって言ったときに服部さんも笑いながら、あ、そうだったかなみたいなことを言っている。だから現地の部隊から頼まれたとき、レコードにはならなかったけど作ったんだと思いますよね。
田家：慰問に行っているんですもんね。ドラマ『ブギウギ』の中にも服部さんは「いや僕は軍歌は苦手だから」というやり取りがありましたもんね。これが真実だったということで、今日の7曲目戦後の曲です。二葉あき子さん「バラのルムバ」。
