世界でもっとも危険な遊戯、コロンビアの闘牛「コラレハ」衝撃ルポ

「俺たちはグラディエーターだ」とある闘牛士は語った。「これは人間対獣という伝統だ」

コトラという小さな町で、由緒ある最大級の闘牛イベント「コラレハの母」が開かれた。長身のやせた男が闘牛場に足を踏み出し、すばやく跪いて地面に手を触れ、十字を切った。コラレハのレジェンドにファンが手を振る。闘牛場の外ではシニバルド・エスパーニャ・サルタリン。だが雄牛を待つ時は、闘牛士サルタリンだ。

「闘牛場にいるときの自分は別人だ。世界が変わる。まるで違う。上手く説明できないが、闘牛場を1歩出るとまた元に戻る」と本人。他の闘牛士も同意見だ。闘牛場はまるで別世界で、そこでは人生が早送りされ、凝縮され、日常の些事はすべて消えてしまう。

この日サルタリンは黒のTシャツにジーンズ、それにトレードマークのサングラスといういで立ちだった。のんびり構え、落ち着いた笑みを浮かべていた。手にした大きなマントは片面がオレンジ色で、裏は紫。首全体にのびる傷は、すばしっこい雄牛を相手にした時の勲章だ。何があったのか尋ねると、「たいしたことじゃない。ただ牛に血管を引き裂かれそうになっただけさ」と、肩をすくめて笑いながら答えた。


コロンビアのコルドバ県コトラで開かれた闘牛イベント「コラレハの母」で、雄牛を前にマント技を見せる「サルタリン」ことシニバルド・エスパーニャ氏(CARLOS PARRA RIOS)

大観衆が見つめる中、彼は10人の闘牛士に交じって金属製の扉の前に立ち、雄牛が出てくるのを待っていた。獣に向かっていくには、脳に焼きついた原初の生存本能に打ち勝たなければならない。「怯えじゃだめだ、でないと負ける」とサルタリンは言う。「恐怖は人を躊躇させ、思い切り行動できなくする。思い切り行動でいきないなら、止めた方がいい」。

サルタリンはマントで華麗な技を披露し、観客を沸かせる「カポテーロ」だ。金属製の扉が開き、雄牛が突進してくる。サルタリンがマントを確実に、しかも優雅に素早く振って雄牛を誘導する。雄牛が近づいてくる。サルタリンはぎりぎりのところで脇によけ、雄牛はマントを突き抜けていく。角はサルタリンの胸ぎりぎりだ。彼がマントをひらひら揺らし、1度、2度、3度とかわす度に歓声があがる。

「マントを使う時はダンスだ。死神とのダンスさ」と彼は語った。「死神は忠実な友だ。いつも隣にいる。向こうさんの姿は見えなくてもね」。

サルタリンが雄牛に向かって叫び、再びマントを翻して誘い込むと、雄牛もまた突進する。またもやすんでのところで脇によける。そしてまた歓声。

サルタリンは地方の貧しい農家の生まれだ。手っ取り早く稼ぎ、友人や隣近所をあっといわせたいという思い――それと危険への渇望――が彼をコラレハに駆り立てた。

「俺がアドレナリンを出してるんじゃなく、アドレナリンが俺をのっとっているんだ」と彼は高笑いした。「アドレナリンで人はクレイジーなことをする。ただやりたいという理由だけでね。アドレナリン中毒は危険だよ」。

闘牛場では日常生活のわずらわしさ――生活費や税金、ドロドロした人間関係――もすべて消えてしまう。存在は「勝つか負けるか? 生きるか死ぬか?」というところまで単純化されるのだと彼は言った。


雄牛に足をぱっくりやられ、医療テントで看護士から手当てを受けるオマー・ロペスさん(CARLOS PARRA RIOS)

闘牛士は在りし日のカーニバルのごとく町から町へと渡り歩き、6日間にわたる祭典で自らの命を危険にさらす。コロシアムの観客席の下に吊られたハンモックで寝泊まりし、朝食代わりに冷たいビールで目を覚ます。みな「ザ・マスク」とか(彼は雄牛に何度も顔をめちゃくちゃにされた)、「死神」とか(1度あまりにもひどい重傷を負ったため、一度この世を去って再び蘇ったともっぱらの評判だ)、「ザ・ボール」「マンダリーナ」などの愛称で呼ばれている。「ディックフェイス(カレチンバ)」と呼ばれる者もいたが、勇気が出ずに理由は聞けずじまいだった。「クレイジーホース」はカウボーイハットと闘技場でのダンスがトレードマークで、2022年のコラレハでは雄牛があまりにも素早く、力も優っていたため、こっぴどくやられてしまった。医師の尽力で命はとりとめたが、左足を切断しなくてはならなかった。この日クレイジーホースは久々にコラレハを訪れ、ぴかぴかの金属製の義足姿でかつての闘牛仲間とラムを飲んでいた。彼と写真を撮ろうとファンが次々押し寄せ、彼も笑顔でそれに応じていた。

こうした生活は闘牛士の身体に、無数の傷として刻まれている。「俺は56カ所」と、死神という名の闘牛士は言った。身体にはまるで地図のように、醜い傷跡があちこちに走っている。闘牛人生で歯は数本しか残っていない。

アルヴァロ・ノヴァは闘牛士としては珍しく、長いこと命拾いして引退した。大都市カルタヘナの出身で、50年前にやはり闘牛士の叔父の背中を見てこの道に入り、8歳の時には子牛を相手に練習した。彼の得意技はマントで、獰猛な雄牛の前でマントを前後左右に振る。

「身体を鍛えなくちゃいけないという点で、闘牛はスポーツだ」と本人。「だがそれ以上に芸術だ。歌や音楽、絵画と同じさ。『死のバレエ』とも呼ばれている」 ノヴァは不安定な収入を理由に引退した。「闘牛ではいくらでも稼げる――自分の命と引き換えに。悲劇的な結末になるケースもある」と彼は言い、声を上げて笑った。「コラレホ万歳だ」。

あまりにも常軌を逸し、カオスなスポーツなので統計を取るのは難しいが、つねに死は隣りあわせだ。この数年で9人の闘牛士が命を落としたという話も聞く。当然ながらスーサイド・マンたちは、自分たちの人生に死神がいることを受け入れている。「俺たちはグラディエーターだ」とサルタリンも言う。「人間対獣の戦い。そうやって奴隷たちは自由を手にしてきた。それがこの伝統のルーツだ。人間対獣の戦いだよ」。

Akiko Kato

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