世界でもっとも危険な遊戯、コロンビアの闘牛「コラレハ」衝撃ルポ

この日の午後、テントでは熱射病で倒れた人々も手当を受けていた。この辺りは日差しが強く、気温が華氏100度(摂氏38度)前後にもなる。そんな中、観客席はすし詰め状態だ。この日は熱射病になった女性3人が運び込まれた。

「闘牛の時期は毎日こんな感じです」とネグレーテ医師は言う。

ネグレーテ医師が看護士らと休憩を取っていると、また叫び声が上がり、医師らは次の患者に備えて立ち上がった。患者が次々運ばれてくる様子を見て、イラク軍がISISと戦闘中にモスル郊外で見た野戦病院を思い出した。

62歳のルイス・サンドバルさんが男4人に担がれてきた。男たちの腕はサンドバルさんの血で真っ赤だ。サンドバルさんの顔は青ざめ、シャツとジーンズは血だらけだった。太ももの裏に空いた穴から流れるどす黒い血が診察台を濡らした。ネグレーテ医師は傷口を圧迫し、何とか包帯を巻いた。

サンドバルさんが友人に語った話では、闘牛場でフェンスにぶら下がっていたところ、雄牛が自分の真下で足を止めて頭を持ち上げ、角で突き刺したそうだ。

ネグレーテ医師は次にサンドバルさんの脇腹の傷に取りかかった。医師がどす黒い穴を治療していると、ピンク色のソーセージのような腸がぽろりとこぼれた。ネグレーテ医師は腸を掴み、押し戻そうとしたが、うまくいかない。テントの隙間から覗いていた野次馬は、突然の悪臭に息をむせらせた。

「腸が貫通しています」と看護士が叫ぶ。

サンドバルさんはまっすぐ前を向いて、傷口から目をそらした。瞳の奥に恐怖が映り、肌は一瞬にして血の気が引いた。

ようやくネグレーテ医師は傷口をふさいだ。醜い腸の束が包帯の下から覗いている。一命はとりとめたものの、生き永らえるには手術を受けなければならない。年老いた男を救急車の後部座席に乗せていると、またもや闘牛場から叫び声が上がった。その間音楽は一時も止まなかった。


雄牛を挑発しながら、男たちは観客席につかまり、会場を揺らす(CARLOS PARRA RIOS)

数日も経つと、コラレハは夢の世界のような様相を帯びる。ここでみな食事をし、友人と会い、ダンスや音楽に興じ、ラム酒を浴び、眠りに落ちた後、目が覚めたらまた同じことを繰り返す。陰欝なパーティは決して終わらない。筆者も一度、突進する雄牛の夢を見た。

「この世界で暮らしていると抜け出せなくなる――魔法にかかるんだ」とサルタリンは言う。「死んだ奴のことばかり気にしていられない。目を逸らし、楽しい時間を過ごす人々に目を向ける……パーティは決して終わらない。えんえんと続く」。

死神と呼ばれる闘牛士は、一歩足を踏み入れたら出られない「悪魔のパーティ」と表現した。「ここで稼いだ金は呪われている。ラムの飲み代に消える運命なのさ」。

中には穴に落ちて抜け出せなくなった者もいる。雄牛の頭を飛び越えたカタリーノと最後に会ったとき、彼は自宅で赤ん坊の娘を風呂に入れながら引退を考えていた。「人生を無駄にしているんじゃないかとずっと考えていた」と本人。「自分が死んだら、どうやって娘を助けられるんだ?ってね」。

カタリーノはすぐに堕落していった。ラムびたりだった彼はより強い刺激を求めて麻薬に走った。闘牛場で命をかけて稼いだ金はクスリ代に消えた。かつてのコラレハのスターは路上生活者に成り下がり、家族との縁も途絶えた。助けてくれる友人や家族を探そうと、誰かがFacebookに彼の写真を投稿した。写真のカタリーノは薄汚れた服装で立っていた。薬物中毒に陥り、今では悪魔に支配されていた。

闘牛に人生をのっとられてたまるものかと、コラレハからの脱出を試みる者もいる。マンダリーナという闘牛士はこの世界ではレジェンドだ。「闘牛では」と本人は言う。「誰しも可能な限り最高の形で、有終の美を飾ってから去りたいと思うものだ」 肩までかかる黒い巻き毛とあごから唇にかけて伸びる深い切り傷で、一目見ればすぐに彼だと分かる。雄牛に近づきすぎて負ったときの勲章だ。荒くれ者のスーサイド・マンの中でもマンダリーナは紳士で、この日もジーンズにシャツ、白いスニーカーとこぎれいな格好で現れた(子どものころ、果物を売る屋台で働いていたことからマンダリーナの愛称がついた)。マンダリーナとサルタリンは20年近くコンビを組んで、コラレハを周っていた。だが彼の頭は闘牛士たちの死でいっぱいだった。

「死を受け入れるのは辛い。友人が雄牛に突き刺されて死ぬのを見ると、恐怖が走る。あいつの身に起きたなら、自分にも起こりうるとね」と本人は思慮深げに語った。「その瞬間、俺の中に恐怖が芽生えた。雄牛を前にして恐怖を感じると、恐怖というものがよく分かる」。

マンダリーナは家族のことを思った。娘と息子はまだ幼い。「コラレハを引退しても暇しないように、小さな農場を作ったんだ」と彼は語った。「まだ若いから、いつになるかは分からないが」。

ラム三昧で、働き盛りの時期に死の床につく人生とは無縁の闘牛士、荒れ狂う雄牛の角から遠く離れた存在。マンダリーナはそんな数少ない人物の1人だった。

そうした形で物語を締めくくれたら良かったのだが。

うだるような猛暑の中、プラネタ・リカの町で行われたコラレハの初日、マンダリーナは闘牛場に上がった。この日サルタリンは悪い予感がして、闘牛はせずに観客席にいた。「マンダリーナにも今日はやめとけって言ったんだ。観客席から見ていたら……」。そこで彼は言葉を失った。

破壊することしか頭にない、体重400キロの黒茶の雄牛が金属製の扉から突進してくる。闘牛士はマント技を繰り出そうとするが、雄牛がすぐそばを突進し、マンダリーナの胸に体当たりした。彼の身体が宙を舞い、背中から着地する。雄牛が回り込み、頭をかがめて角で攻撃する――マンダリーナを何度も突き刺し、そのまま闘牛場の向こうまで運んで、フェンスに串刺しにした。観客は恐怖の叫びをあげた。マンダリーナは47歳でこの世を去った。

コラレハの合間を縫って、マンダリーナは小遣い稼ぎにバイクタクシーの運転手をしていた。闘牛場ではヒーローとして数万人から崇められる一方、片道50セントでバイクの後ろに客を乗せて運ぶ生活だった。

マンダリーナは故郷で手厚く葬られた。数百人が列をなして参拝に訪れ、葬儀の列には闘牛士やバンドも加わった。最後の弔いにマンダリーナのマントがはためく。その後、音楽と涙に見送られながら遺体は埋葬された。


観客を楽しませるために、闘牛場でマントの技を披露するカポテーロ(CARLOS PARRA RIOS)

数カ月後、サルタリンは「エル・モノ・ヴィジェガス」という別の勇者を失った。

「2人も友人を失って、自分も引退を考えた。絶対に引退する」。頬に涙を伝わせながら、サルタリンは言った。「辞めると言ったら、誰にも受け入れてもらえなかった。バカにされ、腰抜け扱いされたよ」。彼は立ち上がると、拳で挨拶をして立ち去った。

それから数カ月後に再会すると、彼は辞めたと告げた。「人生を変えたいんだ。コラレハはもう辞めた」と本人。「友人のほぼ全員が思い出になってしまった。俺は思い出になんかなりたくないよ、トビー」。

筆者は内心ほっとした。コラレハで見た最後の彼の姿が頭にこびりついて離れなかったのだ。その時彼は友人と酒を酌み交わした後、1人その場を立ち去った。この世でただ1人、人生を知り尽くしたかのように。そのうちまたラムの瓶が空けられ、大きな金属製の扉が大きく開き、雄牛が突進してくるだろう。そしてまた男が前に歩み寄り、全てを犠牲にして観客に見世物を提供するだろう。

関連記事:恋人と愛犬をナイフで惨殺した女性、大麻乱用と精神錯乱の相関関係 米

from Rolling Stone US

Akiko Kato

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE