世界でもっとも危険な遊戯、コロンビアの闘牛「コラレハ」衝撃ルポ

「闘牛場にいる時の自分は別人だ。世界が変わる。上手く説明できないが」

コラレハはスポーツイベントであると同時にパーティだ。観客も闘牛士も、日がな飲んだくれている。闘牛士の多くは朝から酔っぱらい状態だ。ラム酒を数杯ひっかけて、雄牛との午後に備えて肝を据わらせる。闘牛場でもボトルを回してラッパ飲みする。

「素面じゃ雄牛と戦えない。雄牛に怖気づかないためにも、少なくともほろ酔い気分じゃないと」。人懐っこく、顔に傷のない数少ない闘牛士の1人、ザ・ボールがこう語った。「いつも多少ラムが回ってる状態がベターだ」。

雄牛との午後が終わると、音楽やダンスの夜がやって来る。また1日生きながらえたことを祝うために酒が注がれる。日中に稼いだ金は、コロシアム周辺の板張りのバーでほとんど消える。闘牛士も自分の稼ぎには鈍感で、ストレートに答えが返ってきたことは稀だ(筆者の知ったことではないが)。ギャラが年々減っているという話も聞く。10年以上前には6日間で、少なくとも300万ペソ(最低月給のほぼ2倍)は稼げたそうだ。さらにその上チップが入る。

午後3時、闘牛場の中央で大きな花火が上がり、1回目の闘牛の開始を告げる。闘牛場は途端にせわしなくなる。集まった大勢の男たちのほとんどは、いわゆる「カモ」と呼ばれる連中だ。度胸試しに闘牛の最前線に集まった素人で、フェンスにぶら下がったり、雄牛の前を走ったりする。

事はあっという間に進む。雄牛は時速35マイルで飛び出すこともある。たとえ闘牛場の向こう側にいても、運命が扉を叩くがごとく突進する雄牛を3~4秒以上引き離すことはまず不可能だ。

観客席では男たちが氷とビールでいっぱいのバケツを運び、観客の喉を潤す。雄牛が向かってくると、1缶たりとも落とさないよう、命からがら逃げる。地元企業や政治家の広告看板を掲げて、闘牛場の周りを練り歩く男たちもいる。

悪魔の衣装を着た男が写真撮影に応じ、ピエロが冗談を飛ばしながら歩き回り、前方に角のついたバイクが闘牛場に乱入して群衆の中を走り抜ける。これもまたコラレハだ。まさに一大イベント。金を払う観客であれ、スリルを提供するカモであれ、ひと花咲かせたい者であれ、各自がそれぞれ役割を担っている。

馬に乗った十数人の騎手が集まる。スペインの闘牛では、騎手はマタドールが最期のとどめを刺す前に雄牛を疲弊させるという重要な役割を果たす。ここでも騎手が雄牛を追い回す。もうひとつスペインの闘牛から受け継がれた名残がある。紙帯で巻かれ先端に銛状の刃がついた槍「バンデリーリャ」だ。複数の闘牛士が雄牛の前を走り、槍を横腹に突き刺して、出血する程度に浅い傷を負わせる。だが動物愛護活動家にとっては、雄牛が出血するだけで「拷問」と呼ぶには十分で、コラレハ禁止を訴える理由になる。

ここで権力を握るのは裕福な牧場主だ。輸入ウィスキーのボトルを酌み交わす20人前後の一行で、絶えず闘牛士と言葉を交わしながら技の報酬を交渉する。若い男が駆け寄って、「死の座席」という技を提案した。迫りくる牛の前に人間が座り込み、直前で寝そべって、牛がその上を通り過ぎる、または足を止めるのを期待するという危険な技だ。この技にトライして死んだ男たちを筆者も見たことがある。その若者は60ドルを要求した。牧場主は20ドル以上出せないと言った。交渉は成立しなかった。


旧友を尋ねて闘牛場に再び姿を見せたクレイジーホース コラレハで片足を失った(CARLOS PARRA RIOS)

闘牛場の男たちを獣にもっと近づけようと、観客席からキャンディの袋の雨が雄牛に向かって投げ込まれる。誰かが札束を闘牛場に投げ入れ、拾い集めようと男たちが群がった。流れが少しでもたるめば、男たちに向かって爆竹を鳴らす観客も出てくるだろう。

熱烈なファンは見事な雄牛の動き、戦闘のセンスを賞賛する。最高のパフォーマンスをした牛は殿堂入りだ。7人の男を墓場に送った牛は「セブン・ボックス」という称号を与えられた。

多数の死者が出るため、コラレハは亡霊たちの世界と化す。時に亡霊が闘牛場に姿を見せることもある。闘牛でこの世を去った夫の拡大写真を掲げた未亡人が、観客席を練り歩く。この日はモイセス・マンチャドが若者に誘導されて姿を見せた。大きな白い募金箱には、闘牛士時代のマンチャドの武勇伝と、雄牛に突き刺されて障害を負い、声が出せなくなったことが書かれていた。

闘牛場に目を戻すと、雄牛が金属製の扉から大砲のごとく飛び出し、歓声が上がった。褐色の毛並みで、顔の中央に白い線が走っている。男たちが走り回る中、雄牛が駆け抜け、逃げ惑う1人の男を追い詰めた。男たちの間から叫び声が上がる。決定的瞬間の直前、男はあたかも獣を制止しようとするかのように片手をあげた。雄牛は男の腰に突進したが、あまりの猛スピードで男の身体は上下逆さまに跳ね飛んだ。男は20フィート先まで飛ばされ、片方の靴が吹っ飛んだ。男は顔から地面に落下し、うずくまった後、動かなくなった。

ものの7秒の出来事だ。

男たちが若者を抱え上げて運び出す間、雄牛は闘牛場の反対側に駆けていった。


闘牛イベント「コラレハの母」にて 雄牛を挑発する素人闘牛士たち(CARLOS PARRA RIOS)

若者が雄牛に吹っ飛ばされると、コロシアム脇に設置された医療テントにいた医者と看護士の耳にも歓声が届いた。彼らにとっては患者が発生して運ばれてくる合図だ。「医療テント」と呼ぶにはお粗末で、4本のポールにシートをかぶせた代物だ。サムエル・ネグレーテ医師は地元の病院に勤務しているが、今日は別の医者と5人の看護士とともに医療班を取り仕切っている。2台の救急車がいつでも出発できるよう、後部座席のドアを開け、エンジンをかけて待機していた。

運ばれてきた男はピクリとも動かず、すぐさま診察台に乗せられた。まずは死んでいるかどうかが問題だ。ネグレーテ医師が脈を確認する――幸運にも命はとりとめた。雄牛の角は貫通していなかった。ネグレーテ医師が診察する間、テントの周りにはこの日の負傷者を一目見ようと人だかりができていた。

5分後、男は意識を取り戻したが、グロッキー状態で自分がどこにいるかも定かではなかった。首にギブスをあてがわれ、地元の病院に搬送されていった。

「ふつうは1日に5~6人、7人。喉や腹部、頭部の負傷者です」とネグレーテは束の間の休憩時間にこう語った。特に多いのが、肛門を突き刺されるケースだ。「しょっちゅうですよ。雄牛から逃げて、追い付かれた時にもっとも攻撃されやすいのが肛門です。皮膚が裂かれたり、刺されたり」。

テントでは患者の選別が行われる――包帯と数台の診察台ではできることが限られるからだ。「場合によっては、完全に心肺が停止して即死することもある。喉付近の重度の外傷だと、このような基本的な設備では助からないこともしばしばです……1日に2~3人死者が出ることもあります」。

ネグレーテ医師は若く、人好きのするタイプだ。本人もコラレハを楽しんでいるが、その代償については複雑な思いだ。「ここに運び込まれる患者の90%は闘牛士ではなく、命知らずのカモです」と医師。「やるせませんね――『なぜ自分の命を粗末にするんだ?』と問わずにはいられません」。

闘牛場からまた大きな叫び声が上がり、会話が中断された――またもや患者だ。

オマー・ロペスさんが友人に運ばれてきた。20代の若い闘牛士はズボンの左側を血で染めていた。顔をしかめ、傷からずっと目を背けている。姉のユーリさんが付き添っていた。

「ほらごらんよ! 母さんに何て言われることか!」。

ネグレーテ医師がズボンを切開する間、ロペスさんはとろんとした目で診察台に横たわっていた。牛の角で左膝がぱっくり割れていた。ロペスさんは歯を食いしばり、遠くを見た。脚から血が噴き出した。

「雄牛につかまったのよ。もうこれで3回目。自殺行為だってことを分かってないんだから」。ネグレーテさんが弟を手当てする様子を見守りながら姉は言った。顔には怒りと懸念の表情が交差していた。「雄牛に殺されそうになったのはこれが初めてじゃないでしょ。母さんが聞いたら心臓が止まるわよ」。

ネグレート医師と看護士は傷口を洗浄し、止血した。ひどい傷のわりにロペスさんはご機嫌で、笑いながら看護婦にウィンクした。コラレハ歴8年のベテランだ。

「治ったらすぐ復帰するさ」と本人。「もしかしたら明日かもな?」。傷をネタにしてチップを稼ごうと、ロペスさんはよろよろ観客席に戻っていった。

Akiko Kato

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