米イスラム系の若者が直面する精神疾患の実情に迫る

アメリカ人イスラム教徒は過去最大の反イスラム感情に直面している

イスラム系アメリカ人社会に対するFBIの大規模な監視は、今に始まったことではない。

市民権擁護団体「Council on American-Islamic Relations(CAIR)」ミシガン支部の執行役員、ダウド・ワリド氏によれば、初代FBI局長のJ・エドガー・フーヴァー氏がアメリカ国民の極秘監視を初めて行った1950年代以降、イスラム教徒はFBIから目をつけられてきた。

1955年のFBIの内部メモには、マルコムXやモハメド・アリ、ジェイ・エレクトロニカなども加盟していた組織「ネーション・オブ・イスラム」について、「白人人種への憎悪拡散に注力した……反アメリカ色の濃い暴力的なカルト集団」とある。

ワリド氏いわく、9.11以降、イスラム系アメリカ人社会への監視は拡大するばかりだった。ジョージ・W・ブッシュ氏以降、どの大統領も一枚絡んでいるとも同氏は付け加えた。ごく最近ではバイデン政権が、テロ対策センターの新設費用として数千万ドルの予算を計上した。このセンターでは2023年6月時点で、数百カ所のコミュニティを対象に「地域社会での防止策」を伝授してきた。

「国民全員を守るはずの政府が、一部の国民にレッテルを張って差別している」と語るのは、アメリカ自由人権協会の国家安全保障部門を率いるヒナ・シャムシ氏だ。「予防対策が独り歩きしている」。

ワリド氏によると、こうしたプログラムの大きな拠り所となっているのが、どんな些細な情報も見逃さないコミュニティ内部の内通者だ。アブ‐ラヤンさんとガーダさんの交際がいい例だ。

2006年のFBIの内部メモには、髭を生やす、祈りに参加する、あるいはヒジャブやトーブの着用が過激化の第一歩だとある。オバマ政権時には個人および集団が「過激化して暴力行為に走る」のを未然に防ぐことを目的としたプログラム、「脱過激化プログラム(CVE)」が実施された。2011年のホワイトハウスの内部メモにはさらに具体的に、危険にさらされたコミュニティ――学校や青少年団体、市民団体、地元企業など――の中核に内通者ネットワークを張り巡らせることがCVEの目的だと書かれている。会計検査院(GAO)は2017年の報告書で、「こうした施策の結果、今日のアメリカの生活が2011年当時より改善しているかどうかは判断しかねる」と記している。

「たいていの場合、違法行為をしたために正当に起訴されているのではありません――違法行為の恐れがあるという理由からです」とシャムシ氏は言う。「人々は自分たちがやってもいないこと、やるつもりもないことについて、無実を証明しなければならない状況に置かれています」。

とくにディアボーンは法当局から目の敵にされている。過去10年にテロ監視リストの対象となった一般市民の数でいうと、ニューヨーク市に次いで2番目だ。最近では顔認証技術を搭載した警察の監視カメラ装置が、ディアボーンや周辺地域の学校および店先に散見される――もっとも司法省の調査によれば、効果のほどは疑わしい。2023年4月、FBIは国内テロの捜査件数が2020年から倍増し、数千人のアメリカ人がFBIの監視リストに挙がっていると発表した。それと同時に、内通者になることを拒んだ人間はFBIから報復を受けるのが常だとシャムシ氏は言う。

「法の適正手続きの悪夢です」ともシャムシ氏は語った。

FBIでイスラム系アメリカ人コミュニティへの働きかけを担当するマリー・アブルジュド氏の話では、FBIはディアボーンの学校で人材採用を行っているという。FBIのwebサイトによると、「捜査戦術」や「事件協力」などのスキルを伝授する1週間の青少年アカデミーなどが実施されている。


ディアボーンでは道路沿いのショッピングモールも中東とアメリカ文化の融合が見られる(ELI CAHAN)

「我々はつねに、FBIに協力してくれる有能な人物を探している」とアブルジュド氏は言い、「若いうちから声をかけている」。

FBIはCapital &Mainとのメールのやりとりで、ディアボーンに内通者はいるのか、監視リストへの登録など個人を監視する際にどんな基準で行われているのか、協力を拒んだ人間に報復措置を取っているのか、現在ディアボーンで活動する内通者や、監視リストまたは渡航禁止リストに載っている住民の数など、監視戦略に関する具体的な返答は避けた。

これらの質問についてCapital & MainがFOIAに基づく情報開示を求めたところ、FBIは1100ページにわたる資料を収めた1枚のCDを送ってきた。ほとんどは2000年代後半前後の資料だったが、約1000ページ分が削除され、残された部分も同じことの繰り返しか黒塗りされていた。

さらにGAOは2017年の報告書で国土安全保障省(DHS)に「CVEの進捗および効果についての総括評価を進めるよう」命じたが、FBIは実際に評価が行われたのかについてもコメントを差し控えた。2023年のGAOの報告書によれば、2013~2021年で公開テロ捜査の件数は3倍以上に増え、9000件を超えた。だがメリーランド大学の世界テロリスト・データベースによると、FBIがもっとも危険視する4つのグループ(ISIS、アルカイダ、アルシャバブ、タリバン)が直接関与した国内テロ事件は、9.11同時多発テロ事件以来ひとつもない。

ワリド氏の組織は昨年9月、司法省とFBIが憲法に定める人権を侵害するような監視戦術を行い、監視対象とされた個人に「恒久的な疑念を抱かせ、結果として生活のほぼあらゆる側面を一変する影響を広範囲にわたって及ぼした」として提訴した。

にもかかわらず、昨年10月上旬にイスラエルとハマスの戦争が勃発してからというもの、FBIの監視は一層強化された。FBIは一連の声明で、「あらゆる宗教の指導者と協議し、情報を共有し、気がかりなことを目にしたら連絡するよう依頼する」など、「動向をつぶさに注視している」のだと力説した。

「このように緊張が高まる中、間違いなく脅威の通報件数は増加している」とFBIのクリストファー・レイ長官は10月14日の演説で語った。「我々は監視を怠ってはならない」。

イスラエル・ガザ戦争が勃発してから、反イスラム感情や憎悪も拡大している。CAIRが行った調査のデータによると、約10年で「アメリカ人イスラム教徒は過去最大の反イスラム感情に直面している」という。数カ月前にFoxニュースは抗議デモを行ったディアボーンの高校生を「テロリスト寄りの思想」の持ち主だと報道し、ウォールストリートジャーナル紙とニューヨークタイムズ紙も扇動的な論説記事を掲載した。こうした中、市民の安全に対する懸念から、市は今年2月にモスクや主要インフラ施設の警備を強化した。

「現在進行中の状況は、イスラム教コミュニティが9.11に味わった経験を改めて思い起こさせる」と語るのは、ミシガン州イスラム教徒教育コミュニティセンター(MECCA)の創設者、サイード・サレフ・アル・カズウィーニー師だ。

監視や憎悪がアブ‐ラヤンさんのような人々に影を落とす。アブ‐ラヤンさんもテロ容疑では立件されなかったものの、結果的に懲役5年を言い渡され、何カ月も独房に収監された(罪状は火器の不法所持だった)。ニューヨークタイムズ紙によると、イスラエルとハマスの戦争が勃発後数時間も経たないうちに、数万人のTwitterユーザーがアブ‐ラヤンさん捜査のきっかけとなったような投稿にアクセスした。こうした行動はテロ行為を「具体的に支援している」とは限らないし、表現の自由として憲法修正第1条で保護されている。

アブ‐ラヤンさんは刑務所で数年服役した後、現在はディアバーンに戻って仕事に復帰している。本人が言う「10代の若気の至り」については後悔しているという。

だが彼は今でも恐怖の中で暮らしている。「いまだに頭の片隅には、FBIに呼び止められたり車を停められるのではないか、強制捜査されるのではないかという考えがあります」とアブ‐ラヤンさん。「そういうのはなかなか抜けません」。

Akiko Kato

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