米イスラム系の若者が直面する精神疾患の実情に迫る

「データの冒涜」

11人きょうだいのモナ・アブダラ-ヒジャジさんはタフな性格に育てられた。男兄弟に囲まれて育ったので、「自分らしさを保つことができた」という。

そうした強さゆえ、兄弟が薬物依存に苦しむ姿を見た彼女は、何とかしなければと誓った。この7年はアラブコミュニティ経済社会サービスセンター(ACCESS)で、コミュニティ担当マネージャーとしてオピオイド対策に全力を注いでいる。

「私の兄弟もそのうちの1人です」と、過剰摂取で死んだ兄弟について彼女は言った。「私が仕事に専念しているのは、私自身も人生をコントロールできなくなったから……兄弟の死で闘志に火が付いたんだと思います」。

だがアバジード氏も言うように、アブダラ-ヒジャジさんのような人々も単独ではオピオイドの蔓延に対抗できない。こうした人々の活動を支えるのは連邦政府支援だが、政府の支援はおうおうにして国勢調査と紐づけられている――だがアバジード氏も言うように、アラブ系アメリカ人は統計上白人とひとくくりにされている。

2015年、国勢調査局の研究員はディアバーンのような住民向けに別の分類を追加することが「最適だ」と勧告した。だが国勢調査局の人口部門を率いるカレン・バトル氏は2018年、改正案が廃止されたと発表した。廃止決定の要因については詳しい説明はなかった。

その結果、アバジード氏が言うところの「データの冒涜」が起きた。アラブ系アメリカ人のデータが欠落しているため、ディアボーンの各団体は、一部のコミュニティに欠かせない連邦支援金を受けられずにいる。

「国勢調査は毎年数兆ドルの連邦助成金を割り当て……(他の機関が)助成金を支給します」と同氏。「ですが助成金の受給申請にはデータの提出が必要です――文字通り、我々は連邦支援からまんまと除外されてしまっています」。

「そのせいで人が死んでいると言っても過言ではありません」と同氏は続けた。

例えば2022年11月、アバジード氏は公衆衛生局での最初の取り組みとして、オピオイド中毒の解毒剤ナルカンを無料配布する自動販売機の試験設置を行った。設置以来、自動販売機は4400人分を配布していると言う。

ディアボーン警察署でも、精神疾患の専門家やソーシャルワーカーと警察官がタッグを組んだプログラムを導入している。イッサ・シャヒン警察署長いわく、以前なら逮捕されていたような若者がこぞって依存症プログラムに申し込んでいるそうだ。

同じころ、アル・カズウィーニー師も信者らに危険回避を説き、若者にモスクに通うよう促している(研究でも、信仰心が薬物使用から身を守る役目を果たしうることが示されている)。

「こうした若者が最初にモスクに足を踏み入れるのは、棺桶に入った状態というケースがあまりにも多い」とカズウィーニー師。

「そううなると、私には『彼らの魂に神のご慈悲がありますように』としか言えない」。


ディアボーンの全米イスラムセンターの前ではためくアメリカ国旗 デトロイトと接する人口約11万の郊外の町は、アメリカでもとくにアラブ系住民の割合が高い(「VALAURIAN WALLER/THE NEW YORK TIMES/REDUX)

「もうたくさんだ」。

様々な治療センターに入退院を繰り返し、過剰摂取しては解毒治療を受け、逮捕されては釈放されるという激動の数年を経て、33歳になったラビ・ダーウィッチェさんは気づけば人生のどん底にいた。

彼は実家に戻って両親と暮らしていた。資格は剥奪され、懲役10年を求刑されていた。肝臓は手の付けようがないほどボロボロで、腎臓は機能不全寸前だった。ある日ダーヴィッチェさんは人生を変えることを決意した。

結果として、回復への第一歩はトイレ掃除から始まった。最終的にダーヴィッチェさんはアリ・サイード氏のもとにたどり着き、そこでトイレ掃除の仕事と「自分より大きな何かの一部になる」喜びを与えられたという。

数カ月後、ダーヴィッチェさんは認知症と診断された父親のおむつを替えていた。そこで再び人生の目的を見つけたという。それから7年、薬には一切手を出していない。

現在ダーヴィッチェさんはサイード氏の下で、精神疾患や薬物依存に苦しむ人々の支援を行っている。サイード氏が運営するコミュニティ・センター「HYPE陸上センター」で実施しているバスケットボール・キャンプには、ディアボーン在住の若者数百人が参加している。他にも学習支援、生活指導、キャリア形成のクラスもある。

「若者の生活や未来に、何らかの形でプラスの変化をもたらしたい」とサイード氏は言う。まずは「3×3の試合の積み重ね」だとも付け加えた。

HYPEは薬物乱用・精神衛生管理庁、国立衛生研究所、ウェイン郡公衆衛生局、地元学校と提携して、積極的な薬物予防プログラムを策定した。ダーヴィッチェさんいわく、プログラムにはグループセラピーや薬物検査、外来治療診療所などが盛り込まれているそうだ。

HYPEで柔術治療を行う以外に、ダーヴィッチェさんは最近「Families Against Narcotics」の理事に選任された――本人も喜んでこの職を引き受けた。

「自分が手本になれれば」とダーヴィッチェさん。

とはいえ、コミュニティで暮らす若者全員がダーヴィッチェさんのように恵まれているわけではない。

中西部らしい曇り空の下、トーブをまとい、髭を生やしたディアボーン住民が肩を落とし、うつむき加減で墓地脇の道に集まっていた。Facebookの動画には、ブラック・ジョーダンのパーカーと手術着のズボンを履いた男が声を上げていた。

「これ以上20代の子どもを過剰摂取で送り出したくない」とその男は集団に向かって叫んだ。

「もう十分だ」。

※この記事はナディーン・ジャワド氏の寄稿記事です。

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from Rolling Stone US

Akiko Kato

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