米イスラム系の若者が直面する精神疾患の実情に迫る

「悩みがすべて消える」

脈拍が途絶え、人工呼吸器が外される。誰かの息子だろうか、娘だろうか。あるいは誰かの甥、姪だろうか。遺体に衣服を着せ、布で覆われる前に、ワシム・アブダラ氏はイスラム教の清めの儀式を行う。

最初に鼻腔を清め、それから口。そのあと身体、右胸と背中、左胸と続く。コブミカンで香りづけした聖水を身体全体にかけた後、最後の審判に向けて衣服を着せる。

ディアボーン・ハイツ町議会の議長を務め、ディアボーン市でも規模の大きいモスク「Islamic Institute of America」の理事も務めるアブダラ氏は、遺体を清める役目をボランティアとして10年以上行っている。

だが最近になってあるパターンに気づき始めた。死者の年齢がどんどん若年化しているのだ。アブダラ氏だけでなく、同じくモスクでボランティアとして長年死者を弔ってきたカーメル・ジャワド氏も、こうした現象の理由はただひとつ、オピオイドだと考えている。

「20代や10代……年を追うごとにどんどん、どんどん年齢が低くなっている」とアブダラ氏。「まだ人生これからだというのに」。

コミュニティ内でのオピオイド使用に警戒感を抱いたのはアブダラ氏とジャワド氏だけではない。ディアボーン・ハイツ消防署のデヴィッド・ブロガン署長も、問題が悪化していると語る。

「この10年余り、確実に増加傾向にあります」とブロガン氏。「今では30代、場合によってはもっと若い年齢が意識不明になったという通報を受けます。過剰摂取なのはほぼ間違いないでしょう」。

Capital & Mainが市警察および消防署から入手したデータによると、ディアボーン地域ではこの数年で数百人が過剰摂取を経験し、そのうち数十人が命を落とした。ミシガン州保健福祉局のデータによると、20~39歳男性のオピオイド過剰摂取による死亡率を見ると、ディアボーンは全国平均の4倍。州の平均と比べても2.5倍以上だ。

MECCAのアル・カズウィーニー師の話では、エイブ(直訳すると「恥」)という考え方ゆえ、薬物使用はしばしばしつけが行き届いていない結果だとみなされ、ジャナー、つまり天上の国に入ることができないのだそうだ。


ミシガン州カントンの全米イスラム教徒教育コミュニティ・センターのアル・カズウィーニー師 ほとんどの場合、薬物依存は疾患ではなく罪とみなされるという(ELI CAHAN)

「薬物使用はタブーです……我が子が人生を無駄にし、神から遠ざかったと思いたがる親はいません」とカズウィーニー師。「病としてではなく――罪として対処されます」。

公衆衛生という点でいうと、こうした偏見が原因で報告件数も少なくなる傾向にあるとアバジード氏は言う。

ディアボーンで薬物依存症の投薬治療を行うシェバク氏に言わせれば、オピオイド問題は精神疾患の危機の副産物だ。シェバク氏によれば、薬物使用の大元はは差別や監視によるストレスからの現実逃避だという。

「どこにも逃げ場がなくなった時……そこから薬物の使用が始まります」と同氏は言う。

「ハイになればこの上ない至福に包まれ、感覚が麻痺し、至福、平穏、静寂が訪れる」と同氏は言い、「悩み事はすべて、ものの数分で消えてしまいます」。

ディアボーンの多くの住民同様、サード一家もこうした苦しみとは無縁ではない。

ジェイコブ・サードさんは2022年3月、過剰摂取により28歳でこの世を去った弟フセインさんの葬式で弔辞を読んだ。「予想もしていなかった災難に襲われました。オピオイドの蔓延で、この国はあまりにも長い間ボロボロの状態です」とサードさんは言う。

「知人にも薬物中毒と戦っている人が何人かいます」とサードさんは続け、「弟を最後に、こうした戦いの最後の犠牲者がいなくなってほしい」と付け加えた。

Akiko Kato

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