ジャイルス・ピーターソンが語る、ブリット・ファンクとUK音楽史のミッシングリンク

ジャイルス・ピーターソン(Photo by Benjamin Teo)


ジョン・ライドンやシャーデーも影響下にある

―イギリスのファンクといえば、「Boogie Nights」で知られるヒートウェイヴのように、アメリカでもヒットするグループがいました。こういったグループはブリット・ファンクのムーブメントとは関係があったのでしょうか?

ジャイルス:ヒートウェイヴは僕も大好きだ。ただ、彼らはブリット・ファンクのムーブメントの一部とは言いづらいかもしれない。なぜなら彼らはドイツに派遣されたアメリカ軍人のバンドだったんだ。もちろんロッド・テンパートンのように、イギリス人のメンバーもいたけどね。彼は最も優れたソングライターのうちの1人で、マイケル・ジャクソン(「Rock With You」「Thriller」)やルーファス&チャカ・カーン(「Live in Me」)にも曲を書いていた。僕にとってヒートウェイヴは、アヴェレイジ・ホワイト・バンドのような位置付けと言えるかな。素晴らしい曲を残した偉大なバンドで、アメリカの影響を受けた音楽を作っているけど、本質的にはヨーロッパのバンドなんだ。

ブリット・ファンクはもう少しパンクな感じで、「ブラス・コンストラクションみたいな音楽が作りたい」みたいなテンションなんだけど、結果的に粗くて洗練されていない音楽ができてしまったみたいな感じなんだよね。僕はそっちの方が好きなんだ。滑らかさに欠けていて、リアルだからね。STR4TAでも技術的に洗練された音楽を作るのではなくて、DIYっぽくて、直感に従う音楽を作りたかった。巧いミュージシャンはたくさんいるけど、間違いがあってもそれをそのまま残すぐらいな感じやりたかったんだ。




―ちなみにブリット・ファンクは、ヘアカット100やスパンダー・バレエ、ワム!など、ロックやポップス、ニューウェイブにも影響を与えたんですよね。

ジャイルス:その通り。今挙げてくれたグループはみんなブリット・ファンクから影響を受けている。ジョージ・マイケルはロンドンの西部ハーローにあった、Bogart’sというブリット・ファンクをかけるクラブによく行っていたしね。スパンダー・バレエのケンプ兄弟は、ライト・オブ・ザ・ワールドのメンバーがやっていたベガー&カンパニーのライブを見に行っていた。レコーディングにも参加してもらったり、彼らから音楽を学んでいたんだよ。それから、スージー・アンド・ザ・バンシーズもそう。スージー・スーはいつもクラブにいたよ、彼女はジャズ・ファンク・ガールだったからね。セックス・ピストルズのジョン・ライドンもそうだし、みんなジャズ・ファンクのクラブにいたんだ。

ヘアカット100といえば、アイレベル(※)も素晴らしいグループだよ。ポップとジャズ・ファンク、ニューウェイブをミックスさせたような音楽で、その中にブリット・ファンクの要素もある。それから……シャーデーもそうだよね。1stアルバム『Diamond Life』(1984年)のインスト部分はブリット・ファンクだ。彼女もブリット・ファンク・ガールなんだよ。

※I-Level ニューウェイブのバンド。代表曲「Minefield」はイギリスのクラブでヒットし、アメリカでラリー・レヴァンにもプレイされた。



Translated by Aoi Nameraishi

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