松本隆がアイドル界・歌謡曲界に変革をもたらした70年代後半から80年代を辿る

書籍『風街とデラシネ〜作詞家・松本隆の50年』





1981年2月発売。寺尾聰さん「ルビーの指環」。シングルチャート10週間1位、ザ・ベストテンは12週間1位だった。寺尾聰さんはザ・サベージのベースボーカルですね。勝ち抜きエレキ合戦で優勝したバンド。テレビでザ・サベージが優勝した姿を高校生の松本さんが観ていた。ドラマー志望だった松本さんが観ていた。ザ・サベージのディレクターが8月に特集をお送りした本城和治さん。これは偶然なんですね。つまり、本城さんも、ザ・サベージを作っている時に、高校生の音楽ファンが観ていて、その人と後に自分が仕事をするとは夢にも思ってないわけで。松本さんも自分が仕事をするようになった相手が、ザ・サベージを作っていたということは考えもしなかったという、いくつもの偶然と、同じ音楽が好きだったことの必然はやっぱりありますね。松本さんの50年はそういうストーリーでもあるんだなと思ったりしながら連載を書いていて、それが単行本になりました。

この「ルビーの指環」は松本さんは30代になっているわけですけど、30代は信じるなと言っていた長髪の世代が30代になって書いた男のダンディズム。それがこの「ルビーの指環」ですね。主人公の女性もベージュのコートが似合うわけですからね。パンタロンが似合うわけじゃないんですよ。で、男性もスニーカーにジーンズじゃないという、そういう30代の男。それまでは、「男とは?」みたいなのは演歌の常套でしたからね。和服の歌が多かった。そういう男のダンディズムがポップスになった意味で歴史的な曲ですね。この曲の入ったアルバム全部が松本さんではないんですが、こういうシングルもきちんとご紹介しなければということでお送りしております。この「ルビーの指環」が10週間1位だったために煽りを受けたという曲が次です。近藤真彦さんで「ヨコハマ・チーク」。

Rolling Stone Japan 編集部

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