エルヴィス・コステロが語る過去と現在、「怒れる若者」と呼ばれた1977年の記憶

 
ジェフ・バックリィへの知られざる憧れ

―ジ・アトラクションズのスティーヴ・ナイーヴとピート・トーマスとは40年以上も様々な形でプレイしていますね。共同作業をそこまで長続きさせる秘訣は何ですか?

コステロ:そりゃもちろん一緒に仕事していなかったときもあったさ。2人とはバンドの在り方について意見が合わなくて、何度か袂を分かった。2~3回かな、結局解散して、その後また解散……。ウマが合わない時でもいい作品ができた。『Blood & Chocolate』もいい作品だったが、当時は完全に反目していた。時にはかみ合ってないほうが上手くいくこともあるんだよ。常に順風満帆で円満とは限らない。必ずしもそれが全てじゃないのさ。



―今もロックミュージックに惹かれる理由は何ですか?

コステロ:ロックミュージックはあまり好きじゃない。俺が好きなのはロックンロールだ。「ロール」が抜けると、とたんに面白みに欠ける気がする。「あなたのお気に入りの作品は?」と聞かれても、過去30年にエレキギターを使った曲を挙げることはほとんどない。ビートがつまらないんだよ。フロウやスイング感があるのが好きなんだ。ロックンロールとか、スウィングジャズとか、ハンク・ウィリアムズのゆったりした曲とかね。

―違うスタイルで曲を録り直したいと思うことはありますか?

コステロ:自分では絶対歌えないような曲を歌えたら、とは思う。自分はカウンターテノールのようには到底歌えないだろうな。



―もし可能ならどんな曲を歌ってみたいですか?

コステロ:(ヘンリー・パーセル作曲のオペラ曲)「When I Am Laid in Earth」を、ジェフ・バックリィが1995年のメルトダウン・フェスティバルで歌ったみたいに歌えたら最高だろうな。ジェームズ王朝時代のあの曲を彼が歌うのを聞いた時はたまげたよ。彼のために書かれたみたいだった。彼は声を楽器のように扱う才能があった。自分が興味をひかれたどんな音楽にも声をのせられた。しかも誰より気持ちがこもっているんだ。パキスタンの音楽家ヌスラト・ファテー・アリー・ハーンの作品も、言葉の意味は分からなくても耳コピで歌うことができた。あのフェスでも、彼はマーラーを歌う話をしていた。「ありゃあドイツ語だぞ、ドイツ語は話せるのか?」「いや、勉強するよ」

俺はあのフェスのキュレーターだった。とても胸が痛むよ、あれが彼にとって最後のロンドンでのパフォーマンスだったんだ。でも当時はそんなことになるとは知らなかった。彼は前途洋々だった。これから成すべき偉業がたっぷりあったのに。本当に残念な事故だった。彼があの曲をもう1度歌ってくれたらいいのに。彼はああいうのも(「When I Am Laid in Earth」)歌ったし、アルバム『Grace』はもちろん、ベンジャミン・ブリテン作曲「キャロルの祭典」も歌った――モリッシーの曲だって歌うことができた。誰に頼まれて歌ったのかは知らないが。レッド・ツェッペリンの曲もさ。誰に頼まれたのかは知らないが、それは彼の判断だ。

Translated by Akiko Kato

 
 
 
 

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