ミツキが語る「音楽から離れたのは、音楽を愛するためだった」

「人生最後のコンサート」

2019年9月8日、ミツキはセントラルパークのサマーステージでソールドアウトの観衆を前にパフォーマンスを行った。注目が集まっていることは分かっていた。この日は、高評価に終わった2018年の『Be the Cowboy』のツアー最終日だった。これが「当面の」最後のライブになると発表したとき、彼女のファンは、控えめに言ってパニックに陥った。泣いている動物に「ヒーハー」とキャプションをつけたミームや、「今週彼女を見れて本当によかった、でなければ今ここで死んでたかもしれない」といった発言も珍しくなかった。あまりの熱狂的な反応に、公演の数週間前にTwitterで釈明しなければならなかった。「言っておくけど、音楽をやめるわけじゃない!」と彼女は書いた。「これまで5年以上ノンストップでツアーを続けてきて、その間住むところもなかった。そして、いますぐにこの生活をやめなければ、自分の自己評価やアイデンティティは、この戦いを続けること、常に目まぐるしく動き回ることに、依存してしまうと感じています」。

最初の部分を除いては、すべて本当のことだった。実はミツキは、あの晩を最後に音楽業界を去るつもりだったのだ。「自分の人生で最後の公演にして、その後、辞めて別の人生を探そうと思っていたんです」。だからこそ、この日の演奏は、彼女のキャリア史上最高のものになったのだろう。観客はいつもよりも陶酔していたし、独特の振り付けもいつもよりキレがあった。テーブルの上にうつ伏せになって、夜空に向かって歌う姿を見ていた観客に「私の人生で欲しかったのはこれだけです」と語りかけた。

「美しかった」とミツキは言う。「パフォーマンスをして、自分がそれをどれだけ好きだったかを思い出しました。ステージからはけてすぐに泣き出したのを覚えています。なんてことをしてしまったんだろうって」。

その夜、オープニング・アクトを務めたルーシー・ダッカスは、ミツキがステージを去るとき、無表情だったと言う。「私は彼女にどんな気分か聞いたんです。すると彼女は『私はとんでもない間違いを犯してしまった』と一言目に言いました。その言葉から彼女が体験している恐怖の一端を感じました」。

今振り返ると、辞めたいと思った本当の理由は、長年のノンストップ・ツアーではなかったとミツキはいう。ツアーで疲れることがあっても、アルバムのサイクルの間に休みを取れば、解決しないことはない。多くのアーティストは、家に引きこもり、ソーシャルメディアから離れることで「充電」し、やがて新しいプロジェクトに取りかかる。ミツキの場合は、もっと複雑だった。『Be the Cowboy』によって彼女はインディー・スターになった。そして、ファンたちはみな、会ったこともない彼女と強い絆を感じていた。ミツキはそれが自分の人生にもたらす意味を理解しようと必死だった。

「少しずつ自分の魂をすり減らしているような気がしていました」と彼女は言う。「いまの音楽業界は消費主義が飽和したような状態です。私こそが、消費され、購入され、販売されている商品なんです。私の友人であるチームの人々でさえが、私の収入から何パーセントかをもらっているということが、この仕組みの根本の基礎です。私が何かを断るたびに、彼らの稼ぎが減ることになるんです」。


Body cast by Kim Mesches, Photo by Josefina Santos for Rolling Stone

ミツキは今、一連の出来事を思い出そうと、ゆっくりと話している。パンデミックになってから初めてのインタビューである上、ロックダウンの隔離が、彼女の記憶力をいっそう悪くしているという。(「あまりにひどくなって、何もない白い部屋に住んでいたように思うほどです」と彼女は言った)。彼女は〈ボム・シェルター〉のチャコール色のソファーに靴下で座り、履いていた靴は目の前の床に揃えられている。彼女はファイブ・ドーターズ・ベイカリーのヴィーガンのドーナツを2つ注文し、そばにあるコーヒーテーブルの上でそれぞれを半分に切ってくれた。

しばらくして、「私が音楽業界で生き残るためには、叫び続ける自分の心を上から枕で押さえつけて、『黙って、黙って。我慢して』と言わなければなりませんでした」と彼女は言った。「数年間、毎日そうしていると、本当に心が麻痺して、静かになってきたんです。そうすると今度は、私が音楽をつくるためには私の心、つまり私の感情が必要だという問題がでてきました。矛盾していたんです」。

人気ミュージシャンであることと、彼女はうまく折り合いをつけているように見えた。ある日突然そうでなくなるまでは。「このことが、辞めるきっかけになりました」と彼女は言う。「この仕組みを回しつづけるために音楽を出す、未来の自分が見えたんです。それが本当に怖かった」。

Translated by Akira Arisato & Kei Wakabayashi

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