ミツキが語る「音楽から離れたのは、音楽を愛するためだった」

月桂樹の迷宮のさなか

自分では「名前をつけるのが苦手」だとミツキはいうが、過去5枚のアルバムを見ると、そうとは思えない。彼女のつけたタイトル――『Retired From Sad, New Career in Business』『Bury Me at Makeout Creek』『Puberty 2』――を並べれば、それはそのまま20代が体験する漠然とした不安、剥き出しの欲求、そして報われることのない恋心についての皮肉っぽい批評とも読める。最新作の『Laurel Hell』は、アパラチア山脈南部に見られるヤマゲッケイジュ(Mountain Laurel)の雑木林の通り名にちなんで名づけられた。アメリカシャクナゲという和名の通り、かれんな花はまさにシャクナゲのように華やかだが、この植物には実は毒があり、ねじれた枝は低くうねって行く者を阻む。「だから死んだ人たちを想って『Laurel Hell』(=月桂樹地獄)と名付けられた場所が、各地に存在するらしいんです」とミツキは言う。

実際に見たことはなくとも、複雑な絡み合いから抜け出そうとするというコンセプトはミツキにとって魅力的だった。「あまりに完璧すぎた」と彼女は言う。「私が閉じ込められているのは、迷路の中……。出られないけど、美しい」。このイメージがまさに現れる『Laurel Hell』の冒頭の一言は、ホラー映画のような不気味なトーンで歌われている。「暗がりの中に慎重に踏み入れよう」。この曲は、作品が自分の秘密を晒け出す様子を例えているのだと教えてくれた。「最も愛する人にさえ見せていない、私の中の暗がりを見せるんです」。

ミツキは、復帰シングルとなった「Working for the Knife」を2019年末に書き上げた。音楽ビジネスから撤退することを確信していた彼女は、そのつい数週間前、所属レーベルであるDead Oceansのために、もう1曲書かなければならなかったことを知らされた。「契約上、リリースしなければならなかったんです」と彼女は言う。「ただ、曲だけをレーベルに渡して、自分が巻き込まないようにリリースしてもらうべきか、それとも実際に私が前に立って発表するべきか、悩みました」。



2020年の初めには、彼女は決心していた。「Working for the Knife」では、不吉なシンセサイザーに乗せて、ステージに戻りたくないという彼女の苦悩が詳細に語られる。「20歳までには終わると思っていたのに/29歳の今、前に見える道は同じだ」。

この曲のミュージック・ビデオでミツキは、ブルータリズム様式のコンクリートのコンサートホールに音もなく入り込み、カウボーイハットを脱ぎすて『Be the Cowboy』時代におさらばすると、決められた振り付けを怒涛のように繰り返しはじめる。手のひらを床に叩きつけ、無秩序に飛び回り、頭をあらゆる方向に突き出す。彼女の髪は、まるで艶やかで荘厳なもやのようだ。最後にカメラは、疲れ果てて地面に倒れこむ彼女に迫る。「結局のところ辿り着いたのは『傷ついたとしても私はこれをやらなければならない、愛しているから』ということだった」とミツキは言う。「これが私。傷つき、それでもやり続ける。これが自分にできる唯一のことだから」 。

ミツキは「Working for the Knife」をこのアルバムの灯台、つまり道を見失ったときに戻り方を知るための道しるべだと表現している。『Laurel Hell』はこれまで制作にいちばん時間を費やした作品であり、ほとんどの曲が2018年に書かれている。道を見失うことも多かったという。

「このアルバムはとても多くの変遷を経てきました」と彼女は言う。「ある時点ではパンクのアルバムだったし、カントリーのアルバムにもなった。しばらくして、ふと『私が踊ったほうが良い』ってなったんです。歌詞は憂鬱でも、何か元気の出る要素がないと作りきれない、って」。

「The Only Heartbreaker」は、ケイト・ブッシュとa-haが混ざったような、ディスコが大盛りあがりしそうな曲だ。「映画『ブレックファスト・クラブ』のダンス・シーンのような音楽が必要だったんです」と彼女は言う。テイラー・スウィフト、アデル、ザ・チックスなどと仕事をしたプロのヒットメーカー、セミソニックのダン・ウィルソンと一緒に書いたもので、ミツキが自分のアルバムで共同作曲家を迎えるのは初めてのことだった。「あれは本当に苦労しました」と彼女は言う。「自分の音楽が自分のものであることに、ずっとこだわってきたんです」。



ロサンゼルスで他のミュージシャンと共同作曲をしている際に、ミツキがウィルソンと出会ったとき、この曲はすでに20回以上の修正を経た末にアルバムから完全に外れるところだった。「この曲は私の頭の中にあまりにも長い間とどまりつづけていて、腐ってしまっていたんです」と彼女は振り返る。「『この人は私よりずっと経験豊富な人だ。もしかしたら、これを彼に渡しちゃってもいいかもしれない』と思ったんです。そうして良かった。実際にうまくいって、彼抜きでは無理だったような作品になったから」。

「The Only Heartbreaker」の歌詞が非常に力強いのは、主人公が傷つき、わたしたちがその主人公の肩をもつという、従来のポップソングの物語を反転させているからだ。これは、繊細で魅惑的な「Washing Machine Heart」や恋煩いのアンセム「Your Best American Girl」など過去の曲でミツキが見事にやり遂げてきた手口だった。彼女が今回扱ったのは悪役だ。

「物語的に言えば自分が悪者だ、という状況に陥ることがよくあるんです」と彼女は言う。「白か黒かでは語れないことを人は認めることができます。自分にとって真実だと思えるものを率直に提示すれば、『これは私にとっても真実だ』と思う人もきっと出てきます」。

Translated by Akira Arisato & Kei Wakabayashi

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