ブリング・ミー・ザ・ホライズンが語る、依存症からの回復、次世代エモ、セルフケアの大切さ

「ずっと長いこと、自分以外のもっと大きなテーマの曲を書きたいと模索していた」

「ずっと長いこと、自分以外のもっと大きなテーマの曲を書きたいと模索していた。でも政治についてはよく知らなくて、政治色の強いアルバムは書けなかった」。日差しを背に受け、熱を帯びたグレーのガーデンチェアに座りながら、『Survival Horror』についてこう語った。黙示学や地政学というテーマに興味をそそられた彼がEPの1stシングル「Parasite Eve」を書いたのは、新型コロナウイルスのパンデミック前だった。だが2020年が経過するにつれ、“生きて感染を乗り越えることができたら/教訓を覚えているだろうか”という歌詞に、サイクスをはじめ他のメンバーも違和感を感じた。病院で人が死んでいるという時に、この歌詞はあまりにも悪趣味じゃないか? パンデミックが進行する中、彼らはこの曲を6月にリリースすることにした。ただし問題の歌詞は“感染を忘れてしまっても/教訓を覚えているだろうか?”と変えた。



これほど時代に即した楽曲を書いても平気でいられるのは、ブリング・ミー・ザ・ホライズンのような不敬さと底沼のユーモアを備えたバンドしかいない。パンデミック生活の堕落を歌ったロックソングは“熱が出た、俺に息を吹きかけるな”という歌詞で始まり、「落ち着いてください、終わりは来ました」という自動アナウンス(オリヴァーの妻の声)が流れる。リスナーは致命的なウイルスの襲来を4カ月間じっと待つどころか、ジェットコースターで今にも急降下せんといった状態だ。ソーシャルメディアで猛反発を食らう可能性もあっただろうし、悪趣味だとみなされて再起不能になってもおかしくなかった。ところがこの曲は瞬く間にヒットし、愛する人の身や、もはや抽象的ではなくなった人類の未来を案じる隔離中のロックファンにカタルシスを与えた。

のちにガーディアン紙は『Survival Horror』を「パンデミックをテーマにした最初の傑作アート」と呼んだが、まさしくその通りだ。2020年、ツアーができなかった大半のアーティストは楽曲をリリースすることもなかった。どの媒体を見渡しても、クリエイティブ作品に残された道は2つに1つ。妄想や逃避に走ってパンデミックに抗うか、世界の状況に真っ向から立ち向かってねじ伏せようと格闘するかのいずれかだった。ポップシンガーのチャーリーXCXがアルバム『how I’m feeling now』を、コメディアン件映画監督のボー・バーナムが『Bo Burnham: Inside(原題)』を発表したように、彼らもまた後者の道を選んだ。

作り手たちはこうしたパンデミック作品の傑作で、外出禁止が及ぼす影響をつぶさに記録し、コミュニティ全体が毎週毎月体験していた感情の移り変わりを言語化した。『Survival Horror』のオープニングトラックは、タイトルもずばり「Dear Diary,」。ロックダウンによる日常の狂気が、サイクスの語りと言う形で強調されている(「気にするな、この世の終わりじゃない(まぁ待てよ)」というブラックユーモアな歌詞を繰り出した後、すべて吐き出すかのような爆音が続く。繰り返しになるが、こんなことに挑戦して見事やってのけるのは彼らぐらいのものだ)。



「誰もがある程度は鬱状態だったんじゃないかな? パンデミックが人生を覆い隠していたベールを取り払ったんだよ」とオリヴァー。彼の気持ちは他のメンバーとも一致する。失業したガールフレンドとシェフィールドでロックダウンを経験したマット(・ニコルス)は、運動を心のよりどころにしていたが、ケガの後は精神的にすがるものがなくなってしまった。サイクスは、これまでは生活の構造のおかげで本質から目を背けていたのだと実感した。バンドとしてツアーをして、アルバムづくりに没頭していた時は幸せだった。だがサポートシステムもなく、バランスの取れた生活も送っていなかったがために、ひとたび生活が止まってしまうと何もかも上手くいかなくなった。おそらく仕事人間はみな同じ状態だろう、と彼は言う。

彼にとって、こうした個人的な現実は世界全体の写し鏡だった。「虚無主義に偏るつもりはないが、人生ってのはあまりにも無意味だよ」と彼は言う。仕事、通勤、人間関係、資本主義的な習慣。そんなものはなくても生きていける、と彼は考える。「食肉加工の行程を見せられているような、そんな気持ちがいまだに拭えないんだ」。注意をそらすものがなくなって初めて、彼も自分が不安定な存在であることに気付き始めた。「俺は今までちゃんと自分と向き合ってこなかった。全てにおいて自分をおろそかにしてきた。自分の価値は、ステージで演奏していい曲を書くことに由来していたからね。それが全てなくなって、ようやく自分の価値に疑問を抱いたんだ」

オリヴァーは2010年代、ケタミン中毒に悩まされていたことを公然と口にしている。ケタミンはこうした不安感から理性を切り離してくれた。「ケタミンをやってた俺は、オリヴァー・サイクスじゃなかった」と現在の彼は言う。「バンドのことを考えることはできたが、そこに何の意味も見出すことができない。自我なんか消えてしまう。何もかも意味を失って、どうでもよくなるんだ」。この問題は2013年のアルバム『Sempiternal』のテーマでもあった。2010年代最高のロックアルバムの一つに挙げられ、メタルとエレクトロニカの融合としては彼らの初期の作品でもとっつきやすいアルバムだ。あれ以来、彼は完全に薬とは手を切っていた。


Photo by Lindsey Byrnes

Translated by Akiko Kato

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