石橋凌が語る、ロックという言葉を使うのをやめた理由

―他にも1曲の中に色んな意味合いが込められているように感じられます。「LITA」はどんなテーマで書いた曲ですか?

石橋:経済学者のジャック・アタリさんが10数年前に出した著書の中で、難民、貧富の格差、気候変動、テロの脅威といったカオスから脱却するために1つだけ希望の光があるとしたら「利他主義」だって書いているんです。例えばトランプ前大統領が「アメリカファーストだ」とか平気で言ったり、中国の覇権主義だったり、世界のリーダーたちが「利己主義」を押し出したけど、それに反する利他主義という言葉に僕はすごく共感したんです。日本人はもともと人のことを思いやる心とか、そういうものを美徳として持っている国民だと思うんですけど、「自分は利他主義でやってます」って言うのもなんかちょっとなと思って(笑)。

―それをそのまま主張して共感を得るのはむずかしいかもしれないですね。

石橋:その言葉を広めるために自分ができることは音楽として伝えることなので、ダンサブルなサウンドに乗せて、「LITA」という女性が世界から愛されて憧れられるということで1つのメッセージにできないかなと思って書いた曲です。聴いているうちに、「あ、これは利他主義の利他なんだ」って気付いてもらえたらいいかなと思います。

―利他主義というお話とも繋がると思いますが、最後の「Dr.TETSU」ではアフガニスタンで医療に従事して2019年に銃撃によって亡くなった中村哲医師のことを歌っていますね。

石橋:NHKで中村哲さんのドキュメンタリーを数本を観て、その生き方、マンパワーに本当に感動して、「こんな誇れるすごい日本人がいたんだよ」ということを歌にして、若い人たちに伝えて行こうと思ったんです。今おっしゃったように、哲さんは利他主義を体現した方だと思います。哲さんの足跡を追ったドキュメンタリー映画『荒野に希望の灯をともす』を観たんですが、哲さんはもともと脳神経科医で、アフガニスタンに赴任されて現実に遭遇して、現況を変えるべく白衣を脱いで自らショベルカーに乗って堰を作って用水路を作った。それで砂漠だったところが数年後には緑に一変して農作物ができて、綺麗な水、食べ物を現地の人に与えて、65万人の命を救ったんです。

―それを、〈彼はDr.TETSU 義を貫き 砂漠の地を緑に変えた〉という歌詞で歌っているんですね。

石橋:映画の中で、「自分は医師として来たもののなんで土木作業の恰好をしているんだろう」って、自嘲気味に話しながら、「でも自分はこの人たちを見捨てて帰ることはできない」とおっしゃってるんです。利他主義であり、義の人ですよね。その映画を作った監督さんが最近になって、「「Dr.TETSU」を聴いて涙が出ました」って電話をくれたんです。じつはその方は、20年前にあるテレビのドキュメンタリー番組で僕と一緒に中国の砂漠に行った報道カメラマンの方で、NHKのドキュメンタリーもその方が作った作品だったんです。

―20年ぶりにお会いになったんですか?

石橋:そうなんです。それで、その方と一緒に映画を観に行ったんです。東中野の小さな映画館で上映されていましたけど、毎日満員でした。それだけ、みんな哲さんの功績を讃えているんだなって。今回、アルバムのプロモーションとして四国の新聞社の取材を受けたときに、若い女性記者さんから「凌さん、中村哲さんこそ国葬ですよね」って言われたんです。その後、名古屋のラジオで年配の男性パーソナリティーの方も同じことを言っていたんですよ。僕もまったく同感でした。多くの人にはそういうことがわかってると思うんですよ。だけどそれがなかなか口に出せない。でも僕はそれを10代、20代の頃からずっと歌い続けていますからね。

Rolling Stone Japan 編集部

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