セレーナ・ゴメス「真実」を語る 心の病や難病を抱え苦しみもがいた日々

そんなゴメスの支えとなったのが慈善活動だった。現実世界について誰かに話すことで、自分が生きている感覚を取り戻し、頭の中の世界から抜け出せることに気づいたのだ——たとえそれが一瞬であっても。ゴメスは、政治にも関心を持つようになった。メキシコ人の祖母がトラックの荷台に身を潜めながらアメリカに入国したことを公の場で語る一方で、ブラック・ライブズ・マター運動の共同創始者であるアリシア・ガルザや「インターセクショナリティ」(訳注:人種や性別、性的指向、階級、国籍、障がいなどの属性が交差したときに起こる差別や不利益を理解するための枠組み)という言葉を作った人権活動家のキンバリー・クレンショーなどとSNSで定期的にコラボレーションを行った。さらには、アメリカの移民問題に焦点を置いたドキュメンタリー『Living Undocumented(原題)』(2019)と自殺願望やメンタルヘルスに悩む若者たちにエールを贈るミステリードラマ『13の理由』(2017)の共同エグエクティブ・プロデューサーを務め、自殺を理想化していると避難された『13の理由』を擁護した。このほかにもチャリティ基金「レア・インパクト・ファンド」を設立。この基金は、アメリカの学校におけるメンタルヘルス教育の実施とメンタルヘルスの問題に対する世間の偏見と闘うため、今後10年で1億ドルの寄付金を集めるという目標を掲げている。2022年5月にはホワイトハウスを訪問してジル・バイデン大統領夫人とビベック・マーシー医務総監と面会。マーシー医務総監と共同でプロジェクトを立ち上げた。「セレーナの行動には、他の誰かだけでなく、彼女自身のためにもなるような、とてもパワフルな力があります」とマーシー医務総監は語った。「メンタルヘルスの問題を抱えている人は、自尊心ないし自己肯定感を失いやすい傾向にあります。そうなってしまうと、誰かに助けを求めることがますます難しくなり、孤独と孤立の負のスパイラルに取り込まれてしまうのです。行政には、そのスパイラルを壊す力があります」


「もっと大きな目的のために、少しだけ自分を犠牲にしているような気がする」とゴメスは自身のドキュメンタリーについて語った。「本当のことを言うと、もう少しで公開を取り止めようと思った」


セレーナが孤独と孤立の負のスパイラルと闘う姿は、『セレーナ・ゴメス:My Mind and Me』に数多く収められている。2019年には——双極性障害と診断された後——ケニヤの若い女性の教育とエンパワーメントを掲げるWEファンデーションの代理人として同地を訪問。彼女自身が建設を支援した学校を訪れた。ケシシアン監督もこの旅に同行した。帰国後も、監督はカメラを回し続けた。パンデミック中も、ゴメスのループス腎炎が再発したときも、その手を止めることはなかった。精神疾患と闘うゴメスを見ながら、監督はこのまま撮影を続けていいのかと疑問に思ったそうだ。「撮影でセレーナの自宅にいると、突然彼女が泣き出してしまった」と監督は言う。「スマホ片手に私が『撮影を中断したほうがいいんじゃないか?』と訊ねると、『いいの。お願いだからカメラを止めないで』と言われた」

セレーナは、ケシシアン監督に自分の日記を託した。その一部は、ナレーションとして劇中に登場する。撮影を重ねるにつれて、監督はあることに気づきはじめたと語る。「私は、この作品が双極性障害と診断された現実を受け入れようとする若い女性の葛藤を描く深遠なドキュメンタリーであると考えるようになった。セレーナは治療施設を退院したばかりで、自分はまだ完治しているどころか、回復の最初の段階にあるという現実を必死で受け入れようとしていた。同時の彼女は、このドキュメンタリーを通じて自分のことを語り、心の底から誰かの役に立ちたいと思っている。誰かの模範になろうとする一方で、彼女自身がまだ病を克服したとはいえない状態にある——そこに一種の緊張感があるのだ」

ゴメスは、自分が双極性障害を完全に克服できないかもしれない、ということを自覚している。この精神疾患は、いつ再発するともわからないのだ。双極性障害は、これからもずっと彼女について回るだろう。完成したドキュメンタリーを数回だけ観たと、ゴメスは言った。観た瞬間からその圧倒的なポテンシャルに気づく一方で、本当に公開するべきかどうか悩んだと言う。「ドキュメンタリーが大切なメッセージを伝えようとしていることはわかるけど、それを伝えるのが私でいいのかしら、と思った。自分に自信が持てなかった」とゴメスは心の内を明かした。「誰かに『セレーナ、このドキュメンタリーはあまりにも生々しい』と言ってほしかった。その代わり、みんなから『個人的にはすごく感動したけど、本当に公開して大丈夫?』と言われた」。ようやくApple TV+がプレミア上映を行うことになった。ゴメス本人は出席しなかったが、後からオーディエンスの反応を知った。同作が与えた感情面でのインパクトは明白だった。「『ひとりの人がこんなに感動してくれるなら、この作品が世に出たときの効果は計り知れないかもしれない』と思ったの。だから、最終的には公開に踏み切った」

ゴメスは、それが正しい判断であってほしいと願う。インタビューの途中で、彼女にドキュメンタリーの率直な感想を求められた。観る人を考えさせてくれる、パワフルな作品だと思ったと、私は正直に言った。だが次の瞬間、気づくと私は自分のパニック障害について話しはじめていた。パンデミック中に、私は時おりパニック発作に襲われるようになっていた。発作は日に日に悪化し、とうとう自分で自分をコントロールできなくなってしまった。自分の心が自分の身体を痛めつけるようになった。それは頭の中で起きたのではなく、本物の傷として残った。それはあまりに苦痛で、自分でも手に負えなくなっていた。このサイクルから一生抜け出せないのかもしれないと思ったほどだ。私もゴメスのように医師から大量の薬物を投与されたことを明かした。気づくと私は、精神疾患のサイクルから抜け出して心の病と向き合い、体内の薬物を排出することがいかに大変だったかを話していた。

こんな話をするつもりはなかった。この記事の主役はゴメスなのだ。だが、これこそまさに彼女がねらっていたことなのかもしれない。彼女は、誰かが自分のストーリーに共感し、それを自身のストーリーとして解釈することを期待していたのだ。延々と話を続けながら、私はゴメスがそのねらいを見事に達成したことに気づいた。「あなたは今日、私にかけがえのない贈り物をくれた」と、私が口をつぐむとゴメスは静かに言った。「あなたは、心の病と闘うことの辛さがわかると言ってくれた。私には、その言葉だけで十分。あなたや私と同じ経験をしていながら、どうすることもできずにいる人たちがいることを私は知っている。私は、こうしたことが普通に受け入れられる世の中になってほしいと思っている」

Translated by Shoko Natori

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