セレーナ・ゴメス「真実」を語る 心の病や難病を抱え苦しみもがいた日々

10月某日午後、カリフォルニア州パロアルト。晴れ渡った空を背景にSUV車から降りると、ゴメスはハイヒールを鳴らしながら木製のスロープの上を歩き、裏口からスタンフォード大学医学部学術医学センターの中に吸い込まれていった。スタイリッシュな講義ホールには、「最先端のメンタルヘルス治療に関するアウェアネスの向上」を掲げるメンタルヘルスケア・イノベーション・サミットの参加者が100人近く集まっている——ロビン・ウィリアムズのご子息であるカリフォルニア州の公衆衛生局長官をはじめ、そうそうたる顔ぶればかりだ。この日、彼らはゴメスと彼女の美容ブランドRare Beautyのソーシャルインパクト事業部長を務めるエリーズ・コーエンの話を聞くために集まった。ふたりは非現実的な美の基準(ゴメスは、メイクに3時間を費やした挙句、「こんなの私じゃない」と思ったときの経験などを語った)やスティグマフリーな会社、さらにはゴメス本人が心の健康を維持するためにやっていることなどについて語った(講演前日の夜、ゴメスは滞在先のホテルのスイートルームに引きこもっていつもようにドラマ『シッツ・クリーク』を観る代わりに、ロビーに降りてチームのメンバーたちと焚き火を囲んだ)。メンタルヘルスは、もはやゴメスの人生の小さな一部ではなかった。彼女は、研究者やメンタルヘルスの専門家たちと人々のメンタルヘルスを向上させるためのありとあらゆる方法について議論するまでになったのだ。「実際、レア・インパクト・ファンドを通じて数え切れないほどのメンタルヘルス団体やリソースとやり取りをしている」と、スイートルームを訪れた私にゴメスは語った。柔らかなニットを何枚か重ね着した彼女の前には、朝食の残骸が散らばっている。「私は、こういう話題がすごく好き」とゴメスは言った。自らのストーリーをより大きな目的に捧げるため、彼女は自分がその“顔”となることを選んだ。


PHOTOGRAPHY BY AMANDA CHARCHIAN FOR ROLLING STONE. BODYSUIT BY WOLFORD. EARRINGS AND BANGLES BY LOUISE OLSEN. CUFFS BY SIDNEY GARBER.

ゴメスがメンタルヘルス活動の“顔”であることを指摘すると、彼女は恥ずかしそうな表情を浮かべた。「私は自分がそういう活動の“顔”だなんて思ってもいないし、進んでそうなりたいとも思わない。私にもいろいろ思うところがあるから」と彼女は認める。「でも、ただ座って『私って最高でしょ? こんなものも、あんなものも持っているの』と自分のブランドのことばかり話すのではなく——そんな人には、みんなうんざりしていると思うから——本当に大切なことについて話している自分を誇らしいと思える」とゴメスは言った。以前、彼女は私にこんなことを言った。「私がここにいることには理由がある、と常に自分に言い聞かせている。時々口に出してみると安っぽく聞こえるかもしれないけれど、医療や心のバランス、暗いことばかりささやくもうひとりの自分との会話に関する知識や経験だけでは、とてもここまでたどりつけなかったと思うから」。ゴメスは、何が自分の天命であるかを理解しているのだ。

スタンフォード大学での講義が終わると、ゴメスは控えの間に残ってメンタルヘルス分野の権威たちと言葉を交わした。立ち話が長くなるにつれて足が疲れたのだろうか、ハイヒールを脱いで裸足になると、近い将来、チャットボットを使ったセラピーが行われるようになるかもしれないという話題に熱心に耳を傾けた(最悪のアイデアのように聞こえるかもしれないが、ウィスコンシン州の住民の98%がしかるべきメンタルケアにアクセスできないことを踏まえると、頭から否定することもできない)。ゴメスは多くを語らない。自分は専門家ではなく、話を聞くためにここにいるというスタンスを貫いているのだ。それでも、誰かが自分自身のメンタルヘルスとの闘いを打ち明けはじめると、ゴメスは感謝の気持ちをあらわにしながら、相手の言葉を優しく受け止める。

残念ながらゴメスは、そうした優しさと受容の感情を自分自身に向けられずにいる。「私はまだ回復したわけではないけど、幸せな生活に戻ることはできた」と、自宅でのインタビューの一週間前にゴメスは私に言った。その際、ゴメスは移植された腎臓に寿命があることを指摘した。彼女の腎臓の寿命は、たった30年と言われている。「それでも構わない」とゴメスは続ける。「いつかは“安らかに眠りにつく”日が来るのだから」と言うと、妊娠を望んでいる友人を訪れたときのことを語ってくれた。友人と会った直後、ゴメスは車の中で号泣してしまった。ゴメスは、いまも双極性障害の治療のために2種類の薬を服用している。薬を服用している限り、自分の子供を妊娠できる可能性はきわめて低い。それでも彼女は、母親になるという希望を捨てていない。「私は、母親になるために生まれたの。いつか必ず、その夢を叶えてみせる」と言った。ゴメスは、繰り返し見る夢についても語ってくれた。夢の中で彼女は旅行をしていて、近くにはいつも水の存在があると言う。さまざまな声が降りてきて、彼女を責めたり、失敗から学んだのかと問い詰めたり、努力が足りない、あるいはがんばり過ぎだと言って彼女を叱責するそうだ。「双極性障害が理由かどうかはわからないけれど、私を覆っている何かが暗い意味で私を謙虚にさせているのかもしれない」と明かした。

ゴメスの言葉を借りれば、彼女は「双極性障害と友達になる」努力を続けてきた。弁証法的行動療法や認知行動療法を受けたり、教祖やセラピストを訪問したりした。「自分よりも大きな力」を信じたり、母親に歩み寄ったりした——「ママは自分のメンタルヘルスとの闘いについてオープンに語ってくれた」とゴメスは言った。現在は、母親と一緒にWondermindというメンタルヘルス・プラットフォームを立ち上げようとしている。ちょっとしたユーモアとともに現状を受け入れられるようにもなった。「新しい腎臓を“フレッド”と命名したの」と彼女は続ける。「名前の由来は、俳優のフレッド・アーミセン。『ポートランディア』(訳注:アーミセンが主演するコメディドラマ)の大ファンなの。本人に会ったことはないけどね。でも、いつか彼がこのことを知って『変なの』って思ってくれることを密かに期待している」。自分の心の健康を細かくチェックすることも忘れない。今年の9月、ポッドキャスト番組に出演したヘイリー・ビーバーが、“ゴメスの元カレ(ジャスティン・ビーバー)の妻”としてゴメスのファンから受けてきた数々のバッシングに言及し、タブロイド紙を沸かせた。それを受けてゴメスは、TikTokを使ってファンに思いやりのある行動を呼びかけることで事態の沈静化を図った。ゴメスは、作り物のドラマから脱却するためのひとつの事例として、この出来事をあえて持ち出したようだ。「誰かが私のことを話題にして、それから2日間はずっと嫌な気分だった」と、ゴメスは元カレに言及せずに言った。昔の彼女であれば何カ月も思い悩んだかもしれないが、いまは違う。「私はただ、『みんな、自分以外の人にも優しくして。現実世界で起きていることだけに集中してね』って言いたかったの(数週間後、ゴメスとヘイリー・ビーバーがロサンゼルスのガラパーティに仲良く出席している姿が目撃された)。

TikTokを除いて、ゴメスはSNSを使わないことで有名だ。SNSアプリを削除し、スマホのパスワードをアシスタントに託してからもう何年もたつ。アシスタントは、ゴメスから預かった画像やテキストを彼女の代わりにTikTokに投稿しているのだ。ゴメスは、昔大切だったものを見るようにスマホを持ち上げた。「自分が最後に何を検索したか忘れちゃった」と言うと、「気になるな、なんだっけ」と履歴をチェックしはじめた。指で画面を操りながら、ニンマリと笑う。最後に検索したのは「エミー賞にぴったりのヘアアレンジ」だった。その前の検索ワードは不動産。ゴメスは、3週間後にニューヨークに引っ越す。来年1月から『マーダーズ・イン・ビルディング』シーズン3の撮影がはじまるのだ。同作の台本を初めて読んだときは、ひとりの若い女性とふたりの高齢男性の主演トリオという図式が世間からどう思われるか不安だったと言う。だがいまは、それがいらぬ心配だったと笑う。「撮影現場は和気あいあいとした雰囲気で、みんなが協力的です」と、スティーブ・マーティンとマーティン・ショートとともに同作の製作を任されたジョン・ホフマン監督は語る。さらに監督は、ゴメスと自分、そしてマーティンとショートは、親娘のような関係だと言い添えた。シーズン1の撮影がはじまったとき、監督はゴメスが精神的にギリギリの状態だったことを知らなかった。「『セレーナ・ゴメス:My Mind and Me』のトレイラーを観た瞬間、泣いてしまった」と監督は明かした。

Translated by Shoko Natori

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